22.「死霊非法とは!」


 鉄の国ギアリングの王城<リペル>には、外庭に植物園がある。

 植物園の周囲は生垣いけがきに囲まれ、入り口には木製の両開き扉の門がある。

 "血"のアンテドゥーロは、その門の前で律儀に待っていた。

 ……手にした短剣を、暇潰しにもてあそびながら。


 そんな彼女を騎士や兵士が数人、遠巻きに様子をうかがっていた。

 彼らは監視が目的のようで、距離を置いたまま、近付いては来ない。

 ……待っている間は退屈だ。余りにも手間取るようなら予定を変更して意地悪してやろうかと思ったが、どうやらその必要はないらしい。

 彼らはもうすぐ、やってくるのだろう。退屈だった時間も、もうすぐ終わる──


*


「(なんていうか……こうなると何にも出来ないよな……)」


 道案内するように先頭を進む正騎士ライルの後ろを付いていきながら、ディディーは誰ともなくぼそりと呟いた。

 見ている事しか出来ない不甲斐ふがいなさ、色々な意味で場違いな居心地の悪さを感じて少し自己嫌悪におちいっていた。


「(気にするな。今のお前らには武器がないんだ。今回はしょうがねぇよ)」


 そう言って、ジュリアスが慰める。それを横で聞きながら、ゴートはふと思った。

 武器がない……そうだろうか……?

 ガウストのように素手で戦うのは無理だとしても、もしジュアリスのように魔法が使えたなら……


(もしも、僕が魔法を使えたら──)


 あの場面も、もっと展開が違っていたかもしれない。

 例え武器が無くとも、魔法が使えれば関係ない。

 ジュリアスのように戦えた。彼と肩を並べて、戦っていたかもしれないのだ。

 ──あのような怪物と、自分が。


(魔法、か……)


 一行はく城を出る。目指す植物園までは、数分とかからない。




*




 ──待ち受けていた"血"のアンテドゥーロは彼らを見るなり、笑顔で歓迎した。


「ルコリネはどうだった? 手強かった? 少しはてこずったかな?」

「なかなか面倒な相手だったよ。だが、相手が悪かったな……最後は動物を虐待しているような気分だった」


 彼女の正面に立つジュリアスが代表して答える。

 その彼の斜め前には帯剣した正騎士ライルが立っており、斜め後ろにはガウストが立っている。

 やや離れたところで見守るのがゴートとディディーの二人。

 その二人とジュアリス達の中間付近にいるのが、宮廷魔術師のノーラだ。

 本来はこのような危険なところにいるべき人物ではないのだが、今回は人任せには出来なかったので仕方なかった。


「……では、そろそろ答え合わせといこうじゃないか。俺は頭が悪いんでね、懇切こんせつ丁寧ていねいに解説して貰わないと意味が分からんのだ。お前はあの化け物──ルコリネ、と言ったな? あれが『犯人ではない証拠』だとお前は言った。戦闘後に婆さん達と話し合った結果、お前が呼び出したものの正体はおそらく召喚獣しょうかんじゅうではないか……と、俺達は仮定した」


「……それで?」


「それで? いや、それだけさ。あれが召喚獣だった、それが正しかろうが、外れてようが、それだけだ。お前はあれをって犯人ではない証拠と言ったが、そんなのは何の証拠にもならないって話さ。つまり、お前は容疑者のままだって事だよ」


「ふぅん。……まぁ、それはそうだよね」


 しかし、"血"のアンテドゥーロの反応はあっさりとしたものだった。


「ま、ルコリネは言ってみれば単に匂わせただけだからね。あれだけで答えにたどり着かれたら、逆に吃驚びっくりしちゃうよ」

「……どういう意味だ? いい加減、思わせぶりな言動はやめて、はっきり物申して貰いたいが」


「そうだね、そうしよう。その代わり、君の想像通りか想像を超えていたか、正直な感想は聞かせて貰うけどね!」


 前と同じように短剣を地面に投げ付けて、叫ぶ!


「戻れ、Azothアゾット! あるべき姿に──!」


 呪文を受けて短剣は弾け、墨のような液体に変わると芝生を、その下の大地を黒くけがしてゆく。大地と黒い液体が激しく反応し、白い蒸気のような煙がのぼる……!


 "血"のアンテドゥーロは次なる呪文を唱え始め──


「ルービック・カルアネデス! 我が呼び声に応えて出でよ!」


 けがされた大地、底知れぬ影、黒い穴。

 のぞめば吸い込まれそうな深淵しんえんから漆黒の噴水ふんすいが吹き上がり、それは再び吸い込まれる事無く、一つに集まって大地の上に人影をした。


 ──は、黒衣の男である。


 衣服だけでなく革靴も革帯ベルトも漆黒で統一し、髪や短く整えられた髭はそれらと

相反するように白い。

 顔にはしわが目立つが精悍せいかんで、目つきは鋭い。

 当人はただ状況をはかっているだけなのだが、そうやって突っ立っているだけで相当な威圧感があり、周囲は緊張で張り詰めた。


「さて……何から喋っていいものかな」


 彼は自身を呼び出した術者──"血"のアンテドゥーロに全く意識を向ける事なく、あごをさすりながらひとりごちた。


「とりあえず、自己紹介から始めてみるか。我輩わがはいはルービック。かつて、其処にいるガウストを指南していた者だ。昔は暗殺を生業なりわいとしていたが廃業した。ガウストを含めた五人には暗殺者としての技術──我々の全てを教え込んだが、。彼女らには純粋に、。そこは勘違いしないでいただきたい」


「アンタの身の上を聞いても俺には分からんよ。だから、率直そっちょくたずねる。アンタは人間なのか?」


「……君は、魔術師のようだな。一見、突拍子とっぴょうしのない事のように思えて、なかなか鋭い質問をする。姿形は如何いかにも人間だ、人としての記憶も当然ある。しかし、今の我輩が人間かと言うとその限りではないな。この身体からだ──。我輩の末期まっきやまいおかされて死んだが、現在の体調は良好だ……まぁ、それはいい。問題はこの肉体、いているのは見掛けだけのようだ。中身は別物、若者だった頃の軽快さがある」


「ほう……?」


「それから、我輩、ルービックという人物について知りたいなら答えようもあるが、……その正体について知りたいなら、呼び出した当事者に聞くより他あるまい」


 そう言うと、ルービックが首だけで後ろを振り返る。皆が"血"のアンテドゥーロの言葉を待った。


「ふふふ……もう気付いたかもしれないけど、これこそが不滅ふめつの体現、"死霊しりょう非法ひほう"という秘術の正体さ。降霊術こうれいじゅつなんだよ。、ね」


「完全な、ね……」


 ジュリアスは単語を繰り返すが、言葉に乗った感情は否定的なものだった。


「降霊術……?」

「見た事も聞いた事ないな……」


「俺も体験した訳じゃないから、伝聞でんぶん文献ぶんけんでしか知らないが──」


 後ろで話すゴートとディディーの二人。

 それを聞いて、ジュリアスはそう前置きしてから語り始める。


「……降霊術ってのは魔術というか呪術の一種で、ざっくりと言えば霊媒れいばいもちいて死者の霊をろし、再会を果たすという呪術だ。霊媒となるのは生前の遺品いひん遺体いたいの一部、らしい。また、それを専門に行う霊媒師れいばいしと名乗る魔術師達は、魔石を加工して作った特殊な水晶玉を用い、降霊術を行ったという」


「戦後から少しして色々な街で流行はやったけど、大概がだったけどね。水晶に投影とうえいされたのは依頼者の記憶が見せる幻覚げんかくで、暗幕あんまくこう話術わじゅつによる複合的な幻術で言葉巧みにまどわし、被害者から金をせしめる悪徳あくとく詐欺師さぎしも多かった」


「……今、婆さんが補足したようにそういう連中も多かったと聞く。だから真面目に降霊術を研究していた魔術師の肩身は狭く、文献でも記述は少ない。さらに後世、色々な角度の反証から詐欺師どもの悪業あくぎょうあばかれ……現在は、そのを受けて不誠実な魔術の烙印らくいんされ、すたれてしまっているのが実状だ」


「へぇ、魔術師だけあって雑学ざつがくに詳しいねぇ」


 まるで他人事ひとごとのように、"血"のアンテドゥーロは感心して賛辞を贈る。


「……問題は、だ。従来の降霊術、伝え聞く本物の降霊術とやらは、死者の霊を術者本人か、他の人間に憑依ひょうい……りつかせて再会を果たすんだと。憑りついた死者は一時的に意識を乗っ取り、身体を自由に操る。つまり、従来の降霊術では霊は肉体をともなって降臨こうりんしない、という事だ」


「じゃ、肉体を伴って降臨した、という事が……」

「その通り! 完全な降霊術、"死霊非法"という訳さ」


 ゴートの言葉をさえぎるような勢いで、食い気味に"血"のアンテドゥーロは肯定した。

 自慢げな彼女と反対に、ジュリアスの反応は終始、冷ややかなものだった。


(死霊非法──完全な降霊術。婆さんはあの化け物を見て、召喚獣と表現した。俺もその見立てに間違いはないと思う。人間は、召喚獣ではない……召喚獣にはならないはずだが、しかし──)


「ふふ、何を悩んでいるのかな? なら、もっと悩ませてあげようかな。懇切丁寧に説明して欲しい、と言ったのは君の方だからね? ……ルービック=カルアネデス!」


 彼女は声を張り上げて、召喚した者の名を呼ぶ、


「如何にもルービックだが、。歴史の上ではギルド結成前に代表者の名をとって"カルアネデスの家族"と呼ばれた事実はあるが、我輩にそのような姓も名も無い」


「こっちだって知らないよ、アンタの身の上なんかさ。そんな事より、命令だよ! 今から閂の国スフリンクにひとっぱしり行って、人を一人さらってきてよ!」


「……正気か?」


 "血"のアンテドゥーロからの意味不明な命令に怪訝けげんな顔で答えるルービック。

 その返答に満足そうに彼女は──


「……と、いう事さ」


 ジュリアスとノーラ、二人の表情を覗き込みながら、そう言った。

 魔術師達の表情は先程から一様にけわしい。何か引っかかる事が……いや、致命的なが発覚したのか。


「……まぁ、召喚獣というよりは精霊との関係性に近いのかねぇ」

「人間と精霊では立場が逆だぜ、婆さん。召喚獣と精霊じゃ扱いはまるで正反対だ」


 一般に、召喚獣は召喚者が支配、使役するもの。

 精霊も先程、ジュリアスが口を滑らせたような下位存在を除けば──だが、基本的には上位存在である。


「あくまで類似的な話さ。あのルービックとやらの言動から察するに、そちらの方が近いだろうとね」


「我輩の応答がそんなにおかしいかね? 極めて常識的な判断のつもりだが……」


 少々困惑しながら、ルービックは呟いた。


「それとも、何か? 呼びつけられた人間はどんな事でも必ず従わなければならないと……そのような制約でもあるのか?」


「まさか! そんな制約は死霊非法にはないよ。だけど──」


 彼らの会話に割り込むと、"血"のアンテドゥーロは続けた。


。此処にいる人間を力の続く限り、皆殺しにして欲しいんだよ。……貴方なら出来るよね?」


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