21.「推測の域を出ない考察」

 ──かくして、"血"のアンテドゥーロが呼び出した召喚獣、雷獣のサンダーヘッド・実験動物アニマルのルコリネは倒された。

 直接、とどめを刺したのは正騎士ライル=ピューリトンの剣技、"早贄はやにえ"。

 ……怪物の死体は蒸発し、最早、影も形も残っていない。

 残念ながら、戦いの痕跡こんせきから何か手掛かりが得られるとは到底思えなかった。

 宮廷魔術師、ノーラ=バストンはため息をく。


*


「……やれやれ。骨折ほねおぞんってやつだね。坊やたち、怪我はないかい?」


「こちらは異常なし」

「……問題ない」

「右に同じく──で、婆さんよ。同じ魔術師のよしみでひとつ、質問があるんだが。あの化け物……召喚獣なんだが。妙な違和感がなかったか?」


「……妙、ってのは何だい?」


「アンテドゥーロはあれを雷獣のサンダーヘッド・実験動物アニマル、と俺達に説明した。ま、そこに嘘はないんだろう。それで、こいつは死後、跡形なく消えちまったから実際、幻想げんそう生物せいぶつだったんだろう。それも分かる。……けどよ、合成魔獣キマイラの失敗作みたいなが、幻想生物である訳がないんだ。かと言って単なる実験動物を召喚──いや、転送したとしてもこのように死体が残らないなんて事はねぇ。それなら、があるはずなんだからな。だから、どうにもに落ちないんだよ」


「……ようするに、あれが幻想生物だと認めたくないのかい?」


「ああ、違うね──と言っても、これはただの直感だが。あれが幻想生物だとしたら弱すぎる。というか、。何故なら本当に幻想生物なら欠点、いや、。だってよ、想像の産物なんだぜ? 言い換えれば術者の理想だ、わざわざ現実に妥協だきょうして、すり寄る必要がない。呼び出す召喚獣の姿形は置いといて、能力があそこまで中途半端になるのはおかしい」


「……確かに、言われてみれば長所も短所も生物の生態に寄りすぎてるな、あれは」


 傍で見ていただけの印象だが、エリスンもジュリアスの意見に同調する。


「……だとすれば、だよ? あれは一体、なんなんだって話よ? いやさ、そもそもさ。その、幻想生物ってのはなんなんだい?」


  ライルがよく分からずに、訊ねる。


「幻想生物については……ついさっき、あいつらに説明したんだが──」


 部屋の出入り口でこちらを窺いながら待機している二人に視線を投げやってから、今一度、説明する。


「此処ではない何処かの異界……? 幻想世界……?」

「ようするに想像上の怪物、ということですか……?」


「ま、あまりピンとこないのはしょうがない。大衆に一番身近な例ですら、……ああ、一般に"精霊使い"と呼ばれる連中が召喚して使役している、、な。くらいしかないからなぁ……」


「……? それはつまり、精霊使いが……いや、一般に馴染みのある精霊と呼ばれるものが実は偽物、まがものだと──」


「そこまでだ。二人共、今聞いた事は忘れな。世の中には知らんでもいい禁断の知識もある。ただの好奇心が猫を殺す事もあるよ。……坊やも。みだりに神秘を暴こうとするんじゃないよ。血が見たいのかい?」


「そんなつもりはないが……けどよ、婆さん。一子相伝のとして世の中に

広まったのは、"魔法のアンロック・合言葉キーワード"の御蔭なんだぜ?」


「"魔法のアンロック・合言葉キーワード"……?」


「……魔法の詠唱につきものの始まりの言葉だ。ライルも聞いた事はあるだろう、『其は想念と意志の力、奇跡を顕現する根源』という詠唱を。だよ」


「ああ、あれ……」

「──今は講義や討論する時間はないよ。勉強するなら休日やすみにしな」


 話が思わぬ方に脱線しかけたので、宮廷魔術師のノーラは見かねて叱る。

 それは確かに正論だったので、ジュリアスも大人しく引き下がる。



「いや、全くだ。一旦、話を戻そう。俺はあの怪物が幻想生物ならおかしい、能力が中途半端になるのは有り得ない、と思うんだが──」


 ジュリアスはあらためて、ノーラに意見をう。


「……私は、アンタの着眼点は悪くないと思うよ。あれがアンテドゥーロの愛玩動物ペットだったとして、だ。死後、それをもとにして創造した──それにしては確かにアンタの言う通り、中途半端だった。どうせなら生前よりも能力ちからを発揮させてやりたい、活躍させてやりたいっていうのが親心だろうしね。……でもね、坊や。今、色々と推量すいりょうするのは結構だが、結論は急ぐべきじゃないよ」


 ──そう言って、ジュリアスをさとした。 


「それは……まぁ、確かにな……」

「……ふむ」


 一連の会話に一区切りついたので、ライルが提案する。


「そろそろ移動しようか。主賓しゅひんをあまり待たせる訳にもいかんし」

「……そうだな」


 先に部屋を出るライル、エリスン。その後ろをガウスト、ジュリアスが続く。


「──時に、坊や」

「なんだい? 婆さん」


 部屋を出ようとした時、ノーラに話しかけられる。


「アンタ、まだ若いのに随分ずいぶんと魔術の知識に詳しいようじゃないか?」

(……きたな)

 

 ジュリアスは遅かれ早かれ、誰かと問わず、"自分の正体"をいつか必ず訊ねられるだろうと予期していた。

 ──故に、彼は前もって用意しておいた回答をここで持ち出して聞かせる。


「……知識の国イーディアに居てね。まぁ、ただ……それだけだよ」


 言葉少なに、意味いみ深長しんちょうげる。

 

 


「ほう。坊やは知識の国イーディアの出かい」

「……俺は、と言っただけだが」


「ああ、そうかい。そうだったね。……年を取ると聞き違いが多くなっていけない。すまなかったね」

「別に気にしちゃいないさ。謝るほどの事でもない」


 そう言って、ジュリアスは部屋から出る。


(知識の国イーディア──魔法の国ミスティアの兄妹国で、魔法の国ミスティアに次いで魔術の研究が盛んな国と世間じゃ言われちゃいるが、肝心の術者は自分のこもって研究に没頭していて実態は用として知れず……それが冒険者として国外に出てきたってんなら、こいつは相当なだね)


 勿論、彼が知識の国イーディアの出身ではない可能性も多分にある。

 だが、その可能性は低いだろうとノーラは予想していた。


 何故なら知識の国イーディアにしろ魔法の国ミスティアにしろ、彼らの魔術、魔法というものは基本的に門外不出であり、外部から国際交流の一環で留学生を少数受け入れる事はあっても、見ず知らずの……ましてや、市井しせいの人間を受け入れる土壌どじょうなど無い事は、かつて留学していた自分が身をって知っているからだ。

 あの国々の魔術師というものは実に権威的且つ閉鎖的で、そんな彼らが改心したという話はついぞ聞いた事がない。


(それに話した限りじゃ、坊やの性格的に秘密主義的なあの連中とはそりが合わないだろうしね……)


 そこまで思い至ってノーラは若かりし頃の、留学した魔法の国ミスティアでの苦々しい記憶の数々が思い起こされたので、考えるのを一旦める。

 ──既に部屋には自分一人。

 若い連中は外に向かって行ったようだ。嘆息たんそくき、彼女も遅れて後を追った。


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