20.☆「秘剣 -早贄-」

 ライル=ピューリトンは所謂いわゆる、由緒正しい家系の出身ではない。

 貧民でもないが、農家の次男坊として少年期を片田舎で過ごした、ごく普通の庶民である。

 ただ、人と違っていたのは剣の才能に恵まれていたこと。

 志願兵として働き始めるや訓練でも試合でも、魔物モンスター討伐という実戦でも敵なし。

 トントン拍子で王城の近衛兵に抜擢されると、それから僅か一年足らずで従騎士に叙任じょにんされた。

 しかし、異常すぎる出世速度は同時に弊害へいがいをもたらす。

 彼には武力以外のあらゆるものが足りない、不足しているのだ。頭も性格も悪い訳ではないから、折を見て同期は世話を焼いてやる(将来を含めた打算的な側面もある)が……それでも、はかどっているとはとても言えなかった。

 従騎士エリスンが同意した問題児という評は、そういう意味である。


*


 まるで我が家で過ごしているような危機感のない足取りで、その男はジュリアスらのそばを通り抜けて怪物と対峙する正騎士ボスマンに近付いていった。


「代わりましょうか、ボスマン殿。魔物ならぬ怪物退治も自分の仕事でしょう」

「……気を付けろよ。あの怪物は今し方、いなずまの""を吐き出して、窓を破壊した。威力は見ての通りだ」


 後ろから話しかけてきたライルをちらりと見遣って、ボスマンは注意を促した。


「ははぁ……とすると、さっきの轟音はその怪物の仕業ですか。電の"気"をねぇ……そいつは厄介だ」


 言葉とは裏腹に不敵な笑みを浮かべる、ライル。

 歩みを進めながら、自身の愛剣をゆっくりと引き抜く。


「ここは任せたぞ……私はこれから、行くべきところがある」

「そうみたいですねぇ。そちらもお気をつけて」


 ボスマンは彼の後ろに下がって剣を納めると怪物を気にしつつ、早足で宮廷魔術師のところまで寄ってくる。そして、


「一足先に植物園の方へ行って参ります。なるべく、包囲するに留めますが──」

「いざという時はそちらの判断に任せる。鈍間のろまに口を挟む機会はないさ」

「……心得ました」


 ボスマンが駆けだしてゆく。エリスンが背を見送り、視線を同期の背に戻した。


「ほぅ……なるほど。いや、確かにそうだ──」


 ライルは怪物を観察していた。実物を間近で見ていて、に気が付いた。

 怪物の全身を覆った、べたつきごわついた白い体毛から時々、稲光のようなものが発散していたのだ。


というのは、剣士にとって相性は悪いが……」


 その時、「いなずまを帯びた」という表現に宮廷魔術師のノーラは思い出す。


「……確か、"サンダーヘッド"というのは積乱雲を指す言葉でもあったはずだ」

「語感からして学者の専門用語っぽいな。……"奇妙なストレンジ造語ワード"かね?」

「ま、そうだね。大方、あの見た目と帯電する性質から名付けたんだろう」


「……かみなりぐも、でしたっけ? まぁ、そういう事なんでしょうな」


 雷獣のサンダーヘッド・実験動物アニマル、ルコリネと名付けられた怪物を前にライル=ピューリトンは部屋のほぼ中央で愛用の長剣を両手で構えていた。

 彼の手にした諸刃もろはの剣は錬金術が生み出した魔法の金属、軽合金ハーモニクス製である。

 それは量産にこそ難があるものの、普通の鍛冶屋で容易に加工が出来るという点もあり、剣士にとっては現実的に手に入れられる最高級武器の一つであった。


 軽合金ハーモニクスは木のように軽く、鋼のように硬い──


 錬金術師達はその難題に挑み、ついにそれを完遂した。

 ──しかも、軽合金ハーモニクスびにも強い。しかしながら「鉄よりも熱に弱い」という弱点も抱えていた。それを克服する為に軽合金ハーモニクス製の武具には例外なく赤色の"耐火の魔石"が埋め込まれている。


 ライルの愛剣にも、鳥が翼を広げたような意匠の護拳ガード──その中央に、赤い魔石が埋め込まれていた。


(ふぅむ……)


 一足で飛び掛かるには少し遠い間合で、にらう一人と一匹。

 先刻まではさらに離れていたが、じりじりとライルが詰めたのだ。


(電撃は誘うべきか、それとも使わせずに叩っ斬るべきか……)


 ちらり、と壊されて大穴の開いた窓……というか、壁を見る。


(大した威力だ。ただの勘だが、その電撃とやらはすぐに連続で使えんのだろう)


 気力か体力の消耗が激しく、再び使用するにはめがいる。そして、溜めがいるという事は、戦いの最中に致命的な隙を晒す事でもある。


「いずれにせよ、すぐに分か──」


 そう独りごちて、ライルがまた一歩にじり寄った時、事態は急転した!

 ほんの僅かでも彼の体の何処かが怪物の制空圏に触れたのだろう、人間よりも長い大猿の右腕が、横手からくように彼の顔面に伸びてくる!

 それはなんというか、獣の本能というか、脊椎反射的な行動に近い。

 威嚇、牽制、それに類する小手調べのようなものであり、若くして達人の域にあるライルに対しては、余りにも迂闊うかつな行動だった!

「──!?」

 ルコリネの攻撃的行動に対し、ライルは中段から構えを崩さずに半歩退がりつつ、諸刃の剣特有の斬り上げラップショット──で、鮮やかに反撃、逆に怪物の右手首を斬り飛ばした!


「……チッ!」


 しかし、顔をしかめて舌打ちしたのはライルの方だ。

 怪物も驚いて跳び下がりはしたが痛覚は麻痺しているのか、痛がりもしない。

 傷口とライルを交互に見ながら、次第に落ち着きを取り戻した。


「……どうした、ライル!?」

「いやぁ、ちょっと痺れただけさ。そう、痺れただけ。心配されるほどじゃないよ」

「そうか──」


「それじゃ、そこの婆さんに補助魔法でもかけて貰うといい。それくらいのあいだなら俺でも時間が稼げるだろう」


 ジュリアスは提案する。そうして、後方から前面に立つべく進み出す。


「……危険だよ、坊や?」

「別に無理はしないよ。危なくなったら、こっちはこっちで助けて貰うさ」


 ──と、ジュリアスはガウストの方を見る。


「……いいだろう」


 簡潔に彼女は返答した。

 それを受けてジュリアスが堂々と正騎士の側に寄り、気安く彼の肩を叩く。


「──という訳で、交代だ」

「……無理はするなよ。魔術師なんだろう?」

「勿論。ただ、時間稼ぐだけさ。とどめは騎士殿アンタにお任せするよ」


 ライルは──何か言おうとして、やめた。素直に宮廷魔術師のところまで下がる。

 ジュリアスは思った、願わくば、この入れ替わっているあいだ──


(使わねぇな、飛び道具。……ひょっとして、使?)


 その時、正騎士に斬り飛ばされた怪物の右手首──残骸の異変に気付く。

 それは突然、湯気のような白い煙を上げ始めたかと思うと瞬く間に蒸発、跡形なく消えてしまったのだ……!


「(其は想念と意志の力、奇跡を顕現する根源──)」

 ノーラは剣に魔法をかけるべく、呪文を唱え始めている。

「(バストン様、俺が斬り飛ばしたあいつの残骸を見ましたか? あれの正体は魔物と似たようなもの、と仮定してもいいでしょうか?)」


「其は想念と意志の力、奇跡を顕現する根源!」


 怪物と向かい合うジュリアスも、!

 それを横目にしながら、ノーラ=バストンはライルの問いに頷いて肯定した。


「暴勇なる風よ、」「神秘なる働きよ、我が意に沿って力を示せ!」


 今まで積極的に仕掛けてこなかった怪物が動いた!

 それを待っていたかのように、ジュリアスの側で控えていたガウストも突如として壁の方へ駆け出した!


「──ふっ!」


 彼女は自身が最高速に到達するまで、大きな助走を必要としない。

 さらに小さな歩幅でも、たった数歩で猛烈に加速する! 

 疾走する彼女は限界まで引き絞って放たれた矢よりも速く、壁を蹴り込んだ反動を利用して跳ね返り、身をひるがえしながら怪物の延髄一点を狙って刺すような蹴りを突き込んだ──!

 怪物は追突された衝撃に体勢を崩しながら半ば覆い被さるような形でジュリアスに密着する! 油分を含んでべたついた体毛が彼の顔に触れた時、生理的な嫌悪感から思わず出力を上げて──


「戒めから解き放つ!」


 ──ジュリアスがしまった、と後悔するが、もう遅い!

 猛烈な爆風によって彼に拒絶され、高速で吹き飛ぶ怪物と壁の直線上には、空中に未だ浮かんでいるガウストが挟まれていた!

 しかし、その程度の危機的状況は彼女にとって不意打ちにもならなかった、まるで

ねぎらうかのように怪物の肩に優しく触れると、その手掛かりから宙返りをして事態を難無くいなしてしまう……!


 ──次の瞬間、派手な衝突音と共に怪物は壁に激突した!


「ガウスト! いや、すまん……大丈夫か?」

「問題ない」

「そう、か……? いや、なら、いいんだが……」


 一方、怪物の方は相当な勢いで壁に叩きつけられた訳だが、その時の威力は内壁を破壊して外壁まで達しており……つまり、背中を石壁へしたたかに打ち付けていた。

 流石にこれは効いたらしく、怪物もすぐには動き出せずにいる。


「……いや、派手にやったねぇ。これじゃ出番はないかな?」


 魔力によって燐光りんこうを放つ剣を片手にげながら、立ち位置を代わろうと正騎士が近付いてくる。


不慮ふりょの事故で密着した時、錯乱さくらんして想定以上の出力で吹っ飛ばした訳だけど……残念ながら、これでとどめとはいかないようだ」


 ジュリアスは親指で怪物の方を指差す。

 実際には錯乱ではなく嫌悪感からだったが──結果的に差はないので、適当な言葉でごまかしておく。


「ははぁ、火事場かじば馬鹿力ばかぢからってやつだ。しかし……いやはや、頑丈だね、このコは。これはもう魔獣というより、魔物の方が近い」


 あれだけの威力で吹き飛ばされたにも関わらず、怪物には意識がはっきりとある。  

 攻撃が通じてない訳ではないが、今は腰掛けて休んでいるようにも見えた。


「今の俺には手に負えんな……そういう訳で、後は任せたぜ」

「あいよ。任された」


 軽薄に答えたライルは、剣を肩の高さで構えた。

 腕を畳み、体と密着させ、その姿勢は突撃兵のようである。

 事実、これから繰り出す技は突撃兵の体現であった。


 ──名付けた技は、"早贄はやにえ"と言う。


 幾度目かの魔物討伐の折、ライルはこの技をひらめいた。

 死中に活を求めるように、自分から死地に、魔物のふところへと飛び込むのだ。

 おくしてはならない。臆せば、出足がにぶり、威力を殺す。


 しかし、この技の極意たるものはそれだけではない。──呼吸タイミングを合わせるのだ。


 即ち、魔物が飛び出した瞬間、自身もまた飛び込んでいく。

 自分の突進力に相手の突進力を合わせる事で、この技は初めて必殺ひっさつる。

 駆け引きのない真っ向勝負。"早贄"はその時にこそ、真価を発揮する。

 裏を返せば、この技はどこまでもいっても対魔物用で、駆け引きを要する対人には博打ギャンブルとなり、到底使えない技でもあった。






*





 ──決着自体は、一瞬でついた。

 その最期さいごはライルの首筋に食らいつこうとして飛び掛かり──逆にそれよりも速く胸を貫かれ、戦いは終わったのだ。


「……いやぁ、かけて貰った"魔を宿すエンチャント武器ウェポン"が無駄にならずに良かったよ」


 この召喚獣は生物と違い、性質は魔物に近いとライルは予想した。

 勝負は決しても油断する事なく、ライルは怪物に組み付くように身体を密着させている。反撃を避ける為だ。

 ……だが、別にそこまでしなくて良いとも思っている。

 そして、ライルの直感通り、勝負がついた後は抵抗する素振りすらなく──


(死期しきを悟ると潔く諦めるのは魔物と同じ、か……生物との違いは、だよな)


 しかし、ライルは慢心しない。

 怪物が完全に消失するまで、残心をおこたらなかった……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る