18.☆「秘術の名は死霊非法」

「──おや? 自ら組織を去ったくせに、"アサシン"には愛着でもあるのかな?」


「……師父しふは貴様らの暗躍者アサシンを否定し、お前達は旧来の暗殺者アサシンを否定した。ふるい時代の仄暗ほのぐら稼業かぎょうは時代遅れだとのたまい、後追いでユニオン(連邦)の諜報シーフ機関ギルドの真似事を始めた。……しかしだ、それが必ずしも悪いとは言わない。師父達も薄々は気付いていたさ、だからこそ歴史の闇に消える事を承諾しょうだくした──にも関わらず、だ。今日こんにちに至り、貴様らの実態は世間に錯誤さくごされている"アサシン"となんら変わりない。生きていれば、師父達も失望するだろう」


*


 怒りを込めて、アサシンを知るガウストが「アサシンとは何か」を語る。

 彼女がいきどおる理由、それは組織として暗殺者と言う暗い面をとして切り捨てたくせに、その題目が実は単なる邪魔者排除でしかなかったという事に他ならない。


先輩面せんぱいづらして、したり顔で説教されてもねぇ……僕はただの組織の末端まったんで、そんなのが上の命令に逆らえると思う? 常識で考えて欲しいね」 


「……末端だろうが、このようなていたらくを見せられれば、怒りたくもなるものだ」

「へー、そうかい。アンタらはごのみして人殺しでもしていたってのかい!?」


「していたさ。……当たり前だろう? 暗殺者アサシン集団ギルドとは何処かの下部組織ではない。あくまで独立した集団だった。暗殺者アサシンではなく正しくであったが、師父達を含め、過去の暗殺者アサシンが命令されて働いた事はない。より、を優先する事も珍しくなかった。暗殺者アサシンとは、標的を自ら選んで殺すもの。依頼を受けるも断るも、暗殺者アサシン次第。その独自性こそ、暗殺者アサシン集団ギルド暗殺者アサシン集団ギルドたらしめていたのだ、と」


「──、だってさ」


 "血"のアンテドゥーロは同調を求めるように、ゴートを見て声をかける。

 反応に困る、ゴート。曖昧あいまいな態度が肯定されたと感じたのか、彼女の気分は少し晴れる。


「……人殺しなんて人でなしの心ない連中にしか出来ない所業でしょ? それなのに言うに事欠いて心とか、今まで殺してきた奴らの墓前ぼぜんでもほざけるの?」


「暗殺と殺人には違いがある。門外漢もんがいかんならいざ知らず──貴様は、そんな心構えも教わっていないのか?」


「違いも何も、やってる事は同じだろ!? ……苛々いらいらするなぁ、奇麗きれいごとばっかり! 人殺しのくせにさぁ!」


「──殺人には衝動的なものも含まれるが暗殺は能動的でがない。殺すつもりはなかったという殺人もあるが、暗殺にそのような言い逃れはない。仕掛けて、殺す。それは純然じゅんぜんたる殺意にって行われる」


「そんなの言葉遊びだ、一緒だ、一緒! ああああもう! 苛々するなぁ!」


 露骨ろこつに不機嫌になり、癇癪かんしゃく寸前といった様子の"血"のアンテドゥーロ。

 一方、ガウストは小さく嘆息をく。既にいつもの冷然とした表情に戻っており、


「ジュリアス」

「……うん?」

「あれを、ぶちのめしてもいいだろうか?」

「は……!?」


 唐突に予想外の相談をされ、つい間の抜けた返事をする。


「あれに苛々しているのは私とて同じだ。我々は暴力を否定しないし、使用する事もいとわない。だが、そのせいでお前の手に余るような事態になるなら、自重する」


「お前、何言って──」

「分かった。自重しよう」


「別にしなくていいよ。──Azothアゾット!」


 それこそ、"血"のアンテドゥーロは行動は衝動的だった。

 服の袖口そでぐちからまるで手品のように短剣が出現し、いつの間にか握られている。

 それを迷いなく、ガウストに向かって投擲とうてきする!


 短剣はぐ彼女の顔を目掛けて飛ぶが、ガウストは冷静に軌道を確認すると、正面から半身になる程度の最小限の動きでそれをかわした。やり過ごされた短剣が壁に突き刺さる──!?


「順序が滅茶苦茶だ。"鎧殺しナイトキラー"は初手ではなく中途で混ぜるものだ。小細工無しの多投に一投混ぜるのが最良、初手なら変幻自在の"盗賊殺しシーフキラー"であるべきだ。投剣術は秘術派きさまら得手えてだろうに……ふざけているのか?」


(へぇ……なるほどねぇ……)


 ジュリアスは声にこそ出さないが、ガウストに感謝する。

 別に彼自身は狙われたとしても後手で対処できるが、素人二人はそうはいくまい。彼女は自然な流れで、こちらに注意を促してくれたのだ。


「私を人でなしと言ったが、貴様は考えなしだな。このような密室で襲い掛かって、その後はどうするつもりだ?」


「それを考えるのも指示するのも僕の役目じゃないからね。僕はただ、囁かれるままにそれを為すだけさ」


ささやかれる、か……相変わらず、得体の知れない奴らだ」


旧主流派おまえらだって組織の中じゃとっくの昔に死んでるってのに、まるで今も生きてるかのような立場で発言するのやめてもらえますか? 死に体が偉そうにさえずるな、って言ってるんだよ!」


 "血"のアンテドゥーロは手元を隠すように両手を腰に回し、右手で短剣を投擲!

 またしても狙いはガウストの顔面──今度の彼女は壁を蹴って加速し、短剣を避けつつ、!


「あっ!」

「うわっ!」


 巻き添えに──いな、邪魔になってはいけないとゴートとディディーの二人は急いで円卓から離れる!

 ジュリアスもだ、二人ほど切迫してる訳ではないが、ガウストには何らかの意図があって寄ってきているのだろう。彼は"血"のアンテドゥーロの方をうかがいながら、彼女の行動を尊重した。

 ガウストは三人が離れた円卓にたどり着くとさま、軸を蹴り払って床へと倒し、に対して、そのじくを握って即席の盾にする!


 ──間一髪、間に合った円卓の盾に短剣が突き刺さる! 


(ああ……あれが多分、"盗賊殺しシーフキラー"だな)


 ……安物の調度品ではない、そこそこの厚みと堅さを持つ円卓に弾かれるでもなく短剣は突き刺さったのだ。かなりの魔力が込められていたに違いない。


(軌道の操作──念動ねんどう、か。もしかしたら、貫通力も付与ふよされてるかもしれないが。いずれにせよ、付与魔術の範疇はんちゅうだな)


 補助魔法という大枠にある系統の一つに、付与魔法がある。有体に言えば、様々な魔力の働きを道具に宿らせる魔法だ。昨今の魔術師、魔法使いたちには特に珍しくも難しくもない魔法である……高等な奥義を除けば、であるが。


(しかし──)


 "血"のアンテドゥーロのやり口を見て思った、そしてそれは、この場にいる四人が

全員抱いた疑念だろう。

 この国で起きた殺人事件では凶器に刃物が使われていた、つまり──


「なぁ、"血"のアンテドゥーロさんよ。まさかと思うが、お前が一連の事件の真犯人だったりはしないよな?」


 ジュリアスのわざとらしい問いを少女は当然、一笑いっしょうす。


「……馬鹿じゃない? その短絡的な発想。僕が短剣を持ち出したからって、そんな筈がある訳ないじゃない。を見せてあげるよ!」


 彼女の左手にはまたしても、いつ取り出したのか短剣が握られていた。

 それは円卓や壁に突き刺さった短剣とまるで同じような物に見えた、


(と、いうより……)


 壁に突き刺さっていた筈の短剣が消えている。どさくさ紛れに回収したのだろう。 

 短剣の軌道を変化させる魔術が使えるなら、手元に引き寄せるのも造作ない。

 もっとも、人の目をあざむきながらやってのけるのは難しいだろうが。

 ともあれ、随分と抜け目のない──


「うん、証拠……?」


 彼女の発言内容が引っ掛かったのと、行動を起こしたのは同時だった。

 "血"のアンテドゥーロは手にした短剣を誰かにではなく、誰もいない床を目掛けて投げ付けたのだ! 

 短剣の刃は高価たかそうな絨毯を突き抜け、大理石の床を貫通する! 


「戻れ、Azothアゾット! あるべき姿に──!」


 唐突に、短剣がぜた! 黒い液体が絨毯に飛び散り、染み込んでけがしていく。


(酸!? いや、違う……なんだありゃ?)


 絨毯と墨のような液体が反応して白煙を上げた事からジュリアスは酸と誤認したが、どうも様子が違う。

 もしも、近くに寄れていたなら白煙からがしただろう。


「ルコリネ・クマネ・ナオワホノ・ハクネ・マネネハ・キヒモンノット! ──我が

呼び声に応えて出でよ!」


「なんだそりゃ!?」


 ジュリアスは思わず叫んだ。

 意味不明な言葉の羅列られつ──最早、言語として成り立っていないだろう呪文。

 


 この時のジュリアスは知るよしもないが呪文をとして短剣が崩れ、かりめの形から本来の姿となり、霊媒れいばいとなって何かが実体を伴って召喚されようとしているのだ──!


「こいつは一体……!?」

「こいつは一体、だって!? いいね、その反応! 言ったろ、これが死霊しりょう非法ひほうさ!」


 密室の筈の室内に風が吹き荒れ、空気が張り裂ける音がする。稲光をまとって、白い毛むくじゃらの大きな──猿のような怪物が出現した。

 顔は狒々ひひのようであり、額には黒く三角錐のような出っ張り……角がある。

 目は黄色に光り、歯を剥き出しにして甲高い声でこちらに威嚇いかくするようにえた!


 ──その時、思いがけない方向からの声がする。


「……やれやれ、こいつはなんだい?」


 呪術によって封印されていた扉が開け放たれ、威厳いげんある老女の姿があった。

 その脇をすり抜けるように、数人の騎士や兵士が勇ましく部屋に踏み込んでくる。

 騎士達の突入を待ってから、老女もゆっくりと部屋に入る。

 彼女は魔術師の正装だ、王城にいる魔術師といえば相場は決まっている。


「一体、何の騒ぎだい? 説明が欲しいね、"血"のアンテドゥーロ」


 冷静な物言いにも目に見えないあつがある。この老魔術師こそ鉄の国ギアリングの宮廷魔術師、ノーラ=バストンその人であった。

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