17.「"血"のアンテドゥーロ」

 彼女を一言で表すなら、少年のような恰好をした少女だった。

 小柄な体格に髪型は活動的に短髪で揃え、服装は前述の通り。

 地頭じあたまは良さそうだが口調は少年のように荒く、そして何より情緒じょうちょは子供だった。精神が幼かった。

 ……であるからして、その少女は大人達の思惑を越えて、可能性の低い選択をしてきたのである。


 それは予定調和の終わりと、嵐の到来を意味していた──


*


 扉を蹴破けやぶるようにして威勢よく乱入してきた少女は、自らを""のアンテドゥーロと名乗った。

 アンテドゥーロ……その名前には聞き覚えがある。

 言われてみれば恰好こそ違うものの、顔形や背格好などは本人と見紛うほどに似ている。しかし、同一人物と思えぬほど性格は変わっており、声音も若干違っていた。


 円卓で椅子に腰掛けていたジュリアスが、何事かと警戒して立ち上がっていた。

 彼の近くにはゴートとディディーの二人もいる。

 ……ただひとり、ガウストだけが彼らからも出入り口からも離れた壁際に背を持たれかけてたたずんでいた。


「アンテドゥーロ……?」


「そうさ。僕こそが君らの会いたがっていた"血"のアンテドゥーロさ。この僕に用があるんだろう? その為にわざわざ狭っ苦しい田舎の国から、こんなつまんない国に出張ってきたんだもんな」


 開け放たれた両開きの扉から、部屋の外の様子が見えた。彼女と押し問答していただろう、兵士が倒れている。おそらく、命に別状はないと思うが……


「……ああ、あれ? 別に気にしなくていいよ、気絶させただけだからさ。鼻と口を魔力で押さえ込んで、呼吸を少し止めただけだよ」


 そう言って、露悪的ろあくてきに少女は笑う。


 それは威嚇いかく──いや。大人に向かって反抗を試みる、子供じみた虚勢きょせいに近いか。

 彼女は未熟で不安定だが、宿した力は厄介そうだ。何の苦も無く兵士をのしている事実が、証左と言える。


 見かけで判断するのは危険か。少し注意が必要か……


「よく、この部屋に居るのが分かったな」


「……むしろ、なんで分からないと思ったの? 此処は観光地じゃないんだよ、城に出入りする部外者がそんなに多いとでも思ったのかな──なんてね、」


 少女は三人に向かって笑いかけて続ける。


「本当は退屈を持て余してただけだよ。退屈だったから聴力を拡大したり、使い魔を創造して感覚を共有しながら遊ばせたり……そうやって暇潰しをしてる最中さなかに偶然、君達の話が飛び込んできたってわけ」


「そうかい……」

「おっと、外が騒がしくなってきたね。邪魔が入っちゃ、おはなしも出来ない」


 彼女は出入口にある扉に向かって手をかざした。

 すると、城内で風もないのに独りでに扉が動き始め──最初はゆっくりと、最後は勢いよく、音を立てて部屋を閉じる……! 


 しかもこれは、ただ密室に閉じ込めるだけに留まらない。

 外界と遮断した扉は魔術の素養が無い者にもはっきりと分かるほど、近寄りがたい異様な雰囲気を醸し出している──!


「これは、"禁固呪きんこじゅ石棺せっかん"──魔法使いでいうところの"護殻シェルター"の上位呪文さ。だけどこれは扉の強度を上げる程度じゃない、衝撃のみならず音まで吸収してしまう上級呪法なんだぜ? 知らないだろう?」


 扉から冷気のようなものが発せられている。邪悪な意志が壁や床、天井へと伝い、本当の意味で部屋を密室にしようとしている。


(石棺、か……)


 呪法の名付けは、ではなさそうだ。ジュリアスはそのように分析した。


「……ああ。確かに見た事も聞いた事もない呪法だ。暗躍者アサシン教団ギルド独自魔術オリジナルかね?」


「そうだよ、でも……こんなのより、もっとすごい秘術が暗躍者アサシン教団ギルドにはあるのさ。その名も、死霊しりょう非法ひほう! 世界がひっくり返るほどの秘術さ!」


 ……自信満々に何やら語っているアンテドゥーロに、ジュリアスの興味はない。

 それよりも、この密室をどうやって破るか考える方が重要だった。


(この呪術の破り方は正攻法だな。あの扉……先刻、がやってきたように、扉を力づくでこじ開けて抜けるしかないか)


 呪力の発生源である扉の破壊か、扉に残留している呪力を打ち消すか。

 一見、採光と換気用の部屋窓が手薄に見えるが、呪力が伝って強化されているので労力はさして変わらないだろう。


(どうするかな……怪しまれずに開錠するには、直接扉に触れる必要があるが……)


「──何? さっきから黙っちゃって。つまんないなぁ、用があるんだろ?」


「君は……」

「……何?」


 横から、あまり刺激しないように注意しながら、恐る恐るといった感じでゴートが彼女に話しかける。


「君は、本当にアンテドゥーロなのか? 僕達は君と同じ名を名乗る人に豊穣の国ラフーロで出会った。君は、あの時のアンテドゥーロなのか?」


「ラフーロ? ああ、ラフーロ……ラフーロ、ね。ラフーロにいるアンテドゥーロと僕は別人だよ? でも、そうだな。双子ふたごって事にしとこうか。成程ね、それで反応がいまいちだった訳だ」


「双子……?」

「ふふ、ふくみはあるよ。……いいね、君の僕を見る目。それでこそ、暇潰しにでもおもむいた甲斐かいがあるってものだ」


 怪訝けげんな表情で見つめるゴートに対して、何が気に入ったのか満更でもないといった様子でアンテドゥーロは返答する。


「……それじゃ、ラフーロで出会ったはずの僕達の事も知らない訳だ」

「そうだね、知らない。君達は……姉の知り合いなのかな?」

「いや、顔見知り程度だよ。けど、此処ここへは彼女に連れてこられたようなものだ」


「へぇ。姉に、ね……」


 姉妹の仲がいいのか悪いのか分からないが、少しでも興味を引くような言い回しでゴートは説明した。

 ……無論、注意は払いながら。

 何か子供の癇癪かんしゃくのような、暴風がいつ吹き荒れてもおかしくない危うい雰囲気が彼女にあるからだ。


「──君の姉はこの際、関係ない。君と、そこにいるガウストと面識はあるのか?」


「さぁねぇ。だけど、もしかしたら姉の方は──」

「姉の方はどうでもいい。たず


「ふふ……そうか。僕に、か」


 彼女は──"血"のアンテドゥーロは、ゴート=クラースに流し目を送った。


「……しょうがないなぁ、いいよ。そんなに聞きたいなら教えてあげるよ。どうせ、この中じゃ盗聴なんて出来ないからね。察しの通り、僕とそこの女に接点はないよ。なんなら、顔だって初めて見たくらいだ。そいつがどんな女かなんて、僕より君達の方が詳しいだろう」


「じゃ、ここの人達には虚偽きょぎの内容を教えたのか?」


「さぁ、どうかな? 実際にその女が犯人かもしれないじゃないか。……ま、真実はどうだっていいけどね。僕はただ、そのように話せとささやかれてるだけだから。指示に従っているだけで、僕が考えてる訳じゃないんだよ? だから、この場で問い詰めたところで何も出てきやしないよ?」


「…………」


「ふふふ、疑ってるね? ……けど、嘘じゃないんだな。僕は暗躍者アサシン教団ギルドの単なる暗躍者アサシンさ。言うなれば、そこの扉の前で転がってる奴と同じ。組織の使い捨ての駒か、有象うぞう無象むぞう一兵卒いっぺいそつか──」


暗躍者アサシン教団ギルド暗躍者アサシン──か……派閥はばつも違うのに、よくも図々ずうずうしく"アサシン"などと名乗れたものだ。"アサシン"とは元々、我らの為にある呼称だった。それを否定したのは、貴様らの派閥だろうに」


 ……ガウストは寄りかかった壁から身を起こすと、"血"のアンテドゥーロをにらんで言った。その言い回しには、彼女の静かな怒りが含まれていた──

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