16.「嵐の前の……」

 ──東の隣国ギアリングにて。


 ガウストを含めた一行は事件の担当者と面会した。

 事件について会話する中、まずガウストが今回の殺人事件とは関係ない、ぎぬを着せられていると主張する事に成功する。

 ジュリアスは次いで、抗議という名目で来訪している暗躍者アサシン教団ギルドの使者との対面を希望するが、これは流石に二つ返事とはいかなかった。


 しかし、この意見の食い違いというか、相違は捨ておく訳にもいかぬ問題である。


 早急に双方の言い分というか、聞き取りを行う必要はあった。

 もっとも、水掛け論になる可能性も容易に予測されるので、素直に会わせてよい

ものか……悩みどころであった。


*


「(別室で双方から聞き取りが出来ればよいのですが……)」


「(どちらも我が国の者ではない、というところが泣き所だな。協力は任意で強制は

出来ない。現状、どちらの言い分も鵜呑みする訳にはいかず──かといって、多少は誠実な応対を見せなければ、彼らにへそを曲げられて席を立たれてしまう。そうなっては、事件解決まで長期化するだけだ……)」


「(対面は事件解決を最短で導く劇薬げきやく──では、あるのですがね……)」


 熟慮じゅくりょした結果、騎士達は王城にいる宮廷魔術師に判断をあおぐことにした。

 その過程で、彼らには王城の一室で待機して貰う。

 城までご足労そくろうを願う事で、「話を上に通して手をくした」という誠意の演出も兼ねる腹積もりだった。


 結果として暗躍者アサシン教団ギルドの使者と対面出来なくとも、賓客ひんきゃくに相当する丁重な扱いで意見をれば、幾らか不満を解消する事は出来るだろう、と。


 ──方針は決まった。

 騎士らはこちらの意図を見抜かれぬように注意しながら、提案を試みる。

 別室の待機、彼らは了承した。

 騎士らは心中で安堵あんどしながら、顔は無表情に務める。


 ……後は宮廷魔術師に判断を投げればよい。

 魔術師殿が良しと言えば劇薬を試し、そうでなくば個別に聞き取りを行う。

 目の前の彼らはともかく、暗躍者アサシン教団ギルドの使者が聞き取りに応じるかは不透明で情報の精査に時間はかかる事になるが、それでも少しは手掛かりを得られよう。


 かくして、舞台は兵舎の一室から王城へと移る──




*




 ──王城<リペル>。

 国の象徴たる建造物にしてはそれほど美しくはなく、華やかさにも少々欠ける。如何いかにもな古城こじょう

 その威容いよう、遠目で汚れているようにも見えたのは年月による風化の影響で、近くによってしかと見れば、荘厳そうごんさは欠片かけらも失われていなかった事は分かるはずだ。


 冒険者の四人は王城内の客間の一室へ案内され、ここで待機するように、部屋から

一歩も出ないように、と言い渡される。

 部屋の前には兵士が一人付けられ、何用かあれば彼に申し付けるように、と言って

騎士らは退室する。おそらく、これから宮廷魔術師に相談しに行くのだろう。


  ──さて。部屋で待たされる事になった四人は思い思いに過ごしていた。


 ゴートとディディーは滅多にない機会に調度品などを興味深く見回っていた。

 そんな二人とは対照的にジュリアスは椅子に腰かけ、積極的に動こうとはしない。考え事でもしているのか、円卓に頬杖ほおづえをついてじっとしている。


 ……最後に、ガウストは彼らの輪から外れるように距離をとって、腕組みしながら壁に背を預け、目をつむっていた。


「……しかし、宮廷魔術師ってのは具体的にはどんな事をする職業なんですかね? ジュリアスさん、分かります?」


 一通り見て回って満足したのか、二人はジュリアスの座る円卓に寄ってくる。


「いや、宮廷魔術師くらい何処どこの国にもいるだろ……」


「それがウチの国にはいないんですよ。宮廷魔術師とか呼ばれる人。いや、魔法使いはいるらしいんですんけどね……」


王佐おうさ、だよね。他所よその国でいう宮廷魔術師にあたる人」

「ああ、それそれ。王佐だ、王佐」

「王佐……?」


 聞き慣れない単語に珍しくジュリアスの方が聞き返す。

 あまりに珍しい事なので、ディディーは得意げな顔で説明し始める。


「あ。知らないですか、王佐? ま、一般には『相談役そうだんやく』って言われる事の方が多いですけど。多いっていうか、ほぼ相談役で通してるか……慣例的に引退した航海士や船長が務める職で、船主ふなぬし会合かいごうで上がった議題ぎだいまとめて王様の耳に届ける役、って感じですね」


「……その逆もしかりで、王様の側から相談役を通じて働きかける事もあるよね」


「そうそう。持ちつ持たれつ、ってやつ。船主がその役もやっちゃうと、色々問題も起こるから、間に入る人が必要なんだって。そう聞いたなぁ」


「ほう……まぁ、それはそれで合理的か……」


 説明を聞いて、反応こそ薄いもののジュリアスは素直に感嘆かんたんしていた。

 船乗りを長年勤めあげたとなれば、それだけ他国の内情にも通じているだろう。

 見識とは書物で得る知識だけで広がるものでもない。交渉も仕事柄、手慣れているだろうし、外交も考えるなら至極しごく真っ当な人選と言える。


「……まぁ、一口に会合って言っても、酒が進んだだけで話がちっとも進まない事も多いらしいっすけどね」


駄目だめじゃねぇか」


「あ、いや、それより。結局、宮廷魔術師については何か分からない?」


 雑談に脱線しそうな気配を感じて、ゴートが真面目な話に戻そうとする。

 ジュリアスもそれを察して、


「ん? んー……いや、俺も宮廷魔術師について詳しい訳じゃないけどな。知ってる事を要約して伝えれば、だ。魔力よりも知力、魔術よりも話術が要求される職業ってところかな。いわゆるそっちで言う、王佐ってやつとはそこまで違いはないはずだ。ただ、特技として魔術や魔法が使えるかどうか。その有無にどれだけ重きを置くか、だな」


「魔術、かぁ……」


「いざって時に王様を逃がす為、とか?」


「そうだな。警護の為に武力だけでなく何らかの魔術的なものに精通していた人間がいた方が万全だろう、という考えだな。学士や賢者としての才は本来、二の次だったと思う。今現在はどうなのかは知らんがね」


「……ジュリアス」

「……うん?」


「ここの宮廷魔術師は、僕達の要求にどういう判断をすると思う?」


 ゴートは率直な意見をジュリアスに求めた。真面目に質問すれば、彼はいつも茶化ちゃかさずに答えてくれる。

 今はいち魔術師まじゅつしとしての冷静な見解を彼に聞いてみたかった。


「とりあえず間違いないのは、普通の宮廷魔術師なら俺のように『責任は取るから』と面白がって積極的に引き合わせようとはしないだろう、という事かな。教団の発言というか証言というか、それらを元に聴取して本格的に矛盾が出るかどうか洗い出す作業をするんじゃないかね? ……で、双方の発言を照らし合わせて、ずれた箇所かしょを向こうに突き付けて、更なる情報を聞き出そうとする……多分、こういう回りくどい正攻法のやり方を取ると思う」


「……実際、そうなったとして僕らは得してるのかな?」


骨折ほねおぞん、かな。確かに損はしていない、ガウストに対しても疑いは晴れるだろう

から最低限の成果はあると言える。だが、それだけだ。実利としては安すぎる。騎士

二人に顔を知られたからどうだと言うんだ。もう少し欲張りたいところでは、ある」


「……あれ? 今の目的は暗躍者アサシン教団ギルドの使者に会う事ですよね?」


「違うよ。それは手段であって目的じゃない。正確には、かな。俺達の目的は

。使者に会う目的は疑いを晴らす事で、。俺達

は利害の一致から組んで此処にいる。おさらいすると、そんな──うん?」


 ……その時、ドアの向こうで何やら話し声が聞こえる。というか、ちょっとした

口論になっているようだ。


 見張りの兵士と誰かがやり合っている。

 そして、扉を蹴破けやぶるようにけて(!?)、は乱入してきた!


「僕に会いたいんだろう? だから、会いに来たよ。僕が""のアンテドゥーロさ、よろしくね!」

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