15.「再会」

 ギアリング東地区、関門前──


 三人と一人は取り次ぎに行ってくれた兵士が戻ってくるまで、残って職務にあたる番兵らと軽く世間話などしていた。

 喋るのは主にジュリアスとディディーの二人で、合間にゴートやガウストが曖昧に相槌あいづちを打っている。……そうこうするうちに兵士が戻ってきて、事件の担当者との面会に許可が下りたと聞かされた。


 取り次いでくれた兵士がそのまま、案内をしてくれるそうだ。

 一行は話し相手だった番兵達に礼を言いながら、関門を通り抜ける。


 門を抜けた先、道程みちのりの半分は緩い傾斜の上り坂になっていた。

 さらにその坂は並木道になっており、上り切った先の一本道を下っていけば三叉路に突き当たる。中央の本道をそのまま進めば、迎賓館げいひんかんや王城のある丘に行き着く。


 ──向かって左手の道は厩舎きゅうしゃ、兵舎を始めとした軍事施設群に。

 ──右手の道は礼拝堂、研究棟けんきゅうとうなど文化的な施設に通じていた。


 一行が番兵の案内で進んでいく道は左手である。道なりに進むと、石造いしづくりの大きな宿舎が見えてきた。

 その兵舎の一室で面会は行われる。


 ……訓練で大半の人間は出払っているとはいえ、兵舎内は無人という訳ではない。

 玄関口や談話室、あるいは廊下。非番の者が談笑をしていたり、近くを通り過ぎたりする。


 来客は珍しいのか、視線を集めているのはすぐ分かった。取り分け、注目の大半は

ガウストに注がれている。彼女が美人だからというのもあるが、此処は単純に女っ気

がないのだ。身も蓋もない言い方をすれば、実に男臭い場所なのである。


 ……そして、兵士はある部屋の前で足を止めた。

 そこは部屋主のいない、空き部屋の一つ。ドアを二回叩くと、中から「入れ」との

返事がある。


「──面談は正騎士ボスマン殿と従騎士エリスン殿が行う。粗相そそうの無いようにな」


 取り次いでくれた兵士に礼を言い、ジュリアスを先頭に部屋に入る。


 調度品も大した物がない殺風景な部屋には兵士の言った通り、二人の騎士がいた。

 一人は三十路で髭面ひげづらの騎士、もう一人は二十歳かそこらの若い騎士。

 ──その服装と顔には見覚えがある。それはあちらも同様だったらしい。


「報告から聞いた出身と出で立ちからしてもしや、と思ったが……やはり、君達か」

「俺も貴方の事は覚えていますよ。ええっと、貴方が……」


「ボスマンだ。こちらは従騎士のエリスン」

「エリスンです」


 ……紹介されて、エリスンは軽く会釈する。


 正騎士は二等、従騎士は三等。いずれも正式な騎士階級である。またこれは余談であるが、王城で働く機会を得た兵士──いわゆる近衛兵このえへいは有望株ではあるが、身分の上ではまだ騎士ではない。ちなみに一等は騎士爵(領主)となる。


 ──話を戻そう。


「……と、いうことは、ボスマン様が監督役で?」


「確かに、現場責任者の一人ではある。しかし、私の他にも正騎士はいるよ。今回の君との再会は単なる巡り合わせだ。偶然ではある、が……」


 ボスマンは一行に後ろを見るように促した。そこには人数分の椅子が運び込まれている。


「ま、まずは掛けたまえ。長い話になるかもしれないだろう?」


 ボスマン達も壁に寄せていた椅子を取り寄せる。

 こうして、面談は始まった。騎士が座る二脚に対し、向かって右からディディー、ゴート、ジュアリス、左の端にガウストが座る。


「──さて。まずはあらためて、君達が何者なのかを問おう」


 ジュリアスをとばして、それぞれが右から順に名を名乗る。

 ……そして、最後にジュリアスが名乗ると自分達は閂の国スフリンク冒険者アドベンチャラー協会ギルドに認められた正式な冒険者であると付け加えた。


「そうだな。先日の件からして、君らがスフリンクの冒険者アドベンチャラー協会ギルドの冒険者であることに疑いは持たない。そこは信用しよう。では、事件についてエリスンの方から、かいつまんで説明させよう」


 ボスマンは横に並んだエリスンをうながす。彼はうなずいて話を始める。


「まずは、この国で起こった事件について話しましょう。それは今から約二週間ほど前……10月4日ですか。一件の殺人事件が発生しました。ある一家の家族全員が殺害されたのです。この時、家の中を荒らされた形跡は無く──この場合は、物取りではないという意味ですが──状況から判断して怨恨えんこんか、見せしめか、その方面で捜査していました」


「我々がそのように目星をつけたのには理由がある。一家は全員、鋭い刃物のようなもので一様に喉を深くき切られて死んでいた。素人しろうと仕業しわざではない、玄人くろうとの仕事だ。加えて、現場も荒らされていなかった。犯人は一家を始末したかったのだろう、それだけが目的なのだと推察した」


「そして、そんな我々の考えを後押しするかのように、早くから暗躍者アサシン教団ギルドの関与が噂されるようになり……いよいよ看過かんか出来なくなったのか、暗躍者アサシン教団ギルドから直々じきじき来訪者らいほうしゃがありました。確か二件目の前日、でしたか。彼女がやってきたのは」


「そうだったな……来訪早々に現場検証に参加して貰う羽目はめになった。前日に来て、翌日未明に再び事件が起こり、私達は朝から検問の手配に追われていた。そのようにバタバタとしていた午後に、君達とも出会ったのだ」


「……なんとまぁ、随分ずいぶん都合つごうよく事件が起こったもんだな」


 ジュリアスがつぶやく。ボスマンも同意して頷く。


「そうだな。如何いかにノーライトの使者とて、暗躍者アサシン教団ギルドの関係者だ。通常なら無下むげにしないまでも、穏当おんとうことわりを入れただろう……実際、二件目が発生するまではそのような応対だった……だが、事件は起こってしまった。都合よく我が国に居合わせたその道の専門家が協力を申し出ている。我々としては受け入れざるを得ないだろう」


「……被害者に何か共通点は?」


「ないよ。調べる限り、被害者達に直接的な繋がりはない」


「被害者達の人間関係──交友関係の中にですが、共通の知人や友人といったものもありませんでした。知り合いの知り合い、顔見知りなど薄く広く可能性を広げれば、まだ分かりませんが……」


「となると……、動機が不明になるな……」

「そうだ。犯人像からして連続殺人事件は明白なのに、事件の連続性がなくなる」


「面倒な話だ……」


 ジュリアスは頭を抱えるように、両腕を頭に組んだ。


「──その、暗躍者アサシン教団ギルドの人はなんと言ってるんです?」


 ゴートが騎士達に訊ねる。


「なんと、とは?」


「いや、彼らはガウスト……さんを、どうして犯人と決めつけたのですか? 凶器と手際てぎわ、からですか?」

「……うん? そいつは妙な話じゃないか?」


 ディディーの疑問も、もっともだった。


 何故なら、ガウストは仮に仕事をするにしてもを必要としない。

 己の肉体のみでそれを成しうる事をゴート達は目の当たりにして知っているのだ。 

 当然、暗躍者アサシン教団ギルドもそれは把握している事だろう。


 ──しかし、騎士達だけがその事実を知らない。

 口を挟んだディディーに対し、聞き返してくる。


「……妙な話、とはどういう事です?」

「ああ、いや……」


 どう答えたものかとディディーが口ごもった瞬間、ガウストがぼそり、と呟いた。


「私の得意とするところが、このこぶしというだけの話だ」


「拳、ですか」

徒手としゅ空拳くうけんという事か? ふむ……」


「……おや? ご存じではなかったのですか?」


 すると、そらとぼけたような口調でジュリアスが言った。


「ああ、何を得意としているかまでは聞いていなかったな。暗殺者として育てられた者は体術を含めて色々な凶器の扱いには熟知している……というような説明があり、暗殺者になるには厳しい修行をしているから当然だろう、という先入観もあったものでね。私はまたきだが、それでも特に疑問を持つ者はいなかったよ」


「凶器は時と場合によって、使い分ける事が出来ます。何を得意としているかは特に重要ではありません。それより大きなくくりで暗殺者という専門家、なのですからね」


「……だから、凶器の使用も問題ではない、と?」


 ジュリアスがエリスンの見解に対して噛み付く。


「そのようだと、と言いたげだな」


「……刃物で刺せば血が出ます。斬りつければ、血が飛び散ります。わざわざ現場を荒らし、逃走の難易度を上げるような凶器を選ぶ必要はない、という事です。そこに合理性がない」


「それならば、えて凶器を使った可能性はないか? 捜査の撹乱かくらん目的で」


「それは何の為の撹乱なのか、よく分かりませんよ……第一、玄人だという犯人像に変わりはないでしょう……」


 エリスンが少々呆れながら否定した、すると、ジュリアスは──


「犯人が世間を嘲笑あざわらい、自らの腕前を誇示する目的で、対象を選ばず無差別に殺し回っている──という動機なら、納得は出来るかな。そのような犯人像で固定されるなら、こちらとしては万々歳ばんばんざいだ。それなら、


「…………」


 ジュリアスの怒気どきはらんだ発言にボスマン、エリスンの両名は思わず押し黙る。


「彼女は仲間です。口説くどとすのも一苦労だった。しかし加入早々、この事件だ。彼女は抜けると言っている。冗談じゃない。我々の不徳ふとくいたすところで、というならともかく、自分達のあずかり知らぬところで抜けられたんじゃ死んでも死にきれないですよ。ガウストを含めて我々は潔白だ。無関係だ。その為に国境を越えて、俺達は直談判じかだんぱんに来たんです」


「気持ちは、分かる……」


 ボスマンはジュリアスの訴えに対し、一定の理解は示した。


「……それなら、ひとつ。わたくしめのお願いを聞いて貰ってもよろしいでしょうか?」

「お願い……?」


 唐突な申し出にボスマンは眉をひそめる。


然様さようです。その、暗躍者アサシン教団ギルドの使者という者におどおりを願いたい。一言、文句を言いたくてね」


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