14.「再び、東の隣国へ」

 東の隣国ギアリングで起きた殺人事件。容疑者として疑われていた暗躍者アサシン教団ギルドの元暗殺者は閂の国スフリンクに潜んでいた。

 その情報を得た一行は意を決して彼女に会いに行く。


 事件解決に貢献して次に繋げようと画策する者、子供のような好奇心と冒険心で、他者を翻弄ほんろうする者。不安と期待に揺れながら流されるままに付いてゆく者……

 各々の内情は三者三様だが、集団として目的は一致していた。

 一行は村人に訊ねて首尾よく住まいを聞き出し、宅を訪問して彼女に出会うと

捨て身の交渉の末、なんとか協力を取り付けた。

 そして、翌日──彼女、ガウストを伴ってギアリングに訪れたのであった。


*


 転移石を使用して一足飛びにやってきた先はギアリングの王都ラング。ここは先日

訪れた際に記憶していた、西地区の魔道駅前である。

 一度に転移するには制限人数ぎりぎりだった為、三人はほぼしがみつくような形で

ジュリアスに絡み付いていた。

 そんな体勢で忽然こつぜんと現れた一団は人々の衆目を瞬く間に集め──三人は速やかに彼から離れると、奇異きいの目から逃れるようにそそくさとその場から退散した。


「……もう少し、人目のつかないところに現れるのかと思ったが」


 歩きながら、ため息をくのはガウスト。


「何、少しは騒ぎになってくれた方が都合がいいってもんさ」

「けど、あの体勢はちょっと恥ずかしくないっすか……?」

「男だけならともかく今回は男女混合だし、そこまででもないだろ。それに、三人の時は肩に手を当てるだけでいいし」


「まぁ、それはそうですけど……」


 ……雑談を交わしながら一行が目指すのは、ギアリングの古き王城<リペル>。

 リペルは王都の東、丘の上に築かれ、その立地からラフーロやスフリンクのものと

違って水濠すいごうはなく、代わりに二重の分厚い城壁と複数の物見の石塔で囲った、現在でも実用に耐えうる城塞じょうさいである。


 また、城を含めた構造物は役割によって分割して構築されており、敷地には兵舎や

厩舎きゅうしゃ、外庭には植物園、その他にも魔法や学術などの研究室もあり、内部は外から見た印象ほど軍事一辺倒という程ではなく、多機能な面も有していた。


*


『貸しをつくる……?』


 ──それは昨日のこと。

 協力するにあたって、具体的にどのような行動を起こすのかと説明を求めた彼女に対し、ジュリアスは簡潔に目的を述べた。


 いわく、ギアリングの人間に対して事件解決の有力な手掛かりを与える代わりに、後々の便宜べんぎはかってもらうつもりらしい。

 ガウストが証言をすれば、暗躍者アサシン教団ギルドの言い分と必ず食い違いが出る。それが事件解決の糸口になる……かは分からないが、何らかの進展は見せるだろう。


 ジュリアスとしては、それだけでいいのだ。それで十分、貸しを作った事になる。 

 最低でも冒険者として顔と名前だけはある程度の地位の人間に売れるはずだ、そのように計算していた。


『──被害者にはちと気の毒な話だが、俺は事件解決に間接的には寄与しても、直接

どうこうするつもりはないんだ。俺は魔術専門の魔術師で頭は全然良くないんでね。適材適所、そこはギアリングにお勤めの優秀な学士さん達にお任せする』


 ……彼の言い分は己の分を不必要にわきまえているとでも言うか、どうも危険には首を突っ込まないよう、自重しているように思える。

 建前的には自分の能力不足か、利己主義によるものと主張しているが、その本当のところは仲間という未熟な二人の為なのだろう。それくらいは誰でも察せる。


(ジュリアス=ハインライン、か……)


 ……なんというか、奇妙な男である。

 本来の実力からすれば、未熟な若者二人と釣り合うような魔術師ではない。

 明らかな上昇志向はあるくせに、足手まといと組んでいるのが解せない。これなら一人で活動する方がよっほど効率的だろうに、行動が矛盾している。


 

 「借りがある」、と事情を訊ねたガウストにジュリアスは答えた。

 続けて、「命の恩人か何かか」と聞いたが、助けた方のゴート=クラース曰く、「そんな大層なものではない」らしい。

 その返答に納得がいった訳ではないが、それは何より助けたらしい当人も困惑している様子だったので、真実は真実なのだろう。


 魔術師が契約、という言葉を持ち出すからには余程よほどの事のはずなんだが……


(ま、余所よそは余所だ……)


 ──所詮は一期一会いちごいちえの縁。

 それに「人に興味を持つのはよくない」と、周りからは特に言われてきた。

 そして、そういう生き方を変えるつもりも今のところはない。


 一行を横目で見ながら、ガウストは歩調を合わせて付いてゆく……


*


 ──ギアリング東地区、王城<リペル>へと続く道。


 この東地区のおよそ半分の土地を長大な石壁が一方的に分断し、隔てている。

 だが、これは守護対象を区切るもので、城を護る城壁はさらに存在する。

 つまり、今見えている古式ゆかしい石壁と関門は要は関所せきしょであり、城壁や城門といったものはここからすぐには見えず、また、たどり着けない場所にあった。


 其処そこへは関門を越えて並木道を歩き、なだらかな斜面をまずはのぼってゆく。

 その先に、目指す古城は建っているのだ。


(遠いなぁ……)


 その古風且つ雄大な城壁に近付いていくにつれ、それを実感する。

 ジュリアスは人知れず、苦笑していた。この絶壁を飛んで越えられれば、どんなに楽なことか──と。


 この関門と王城までの物理的な距離が、まさに現在の自分達の現状を表していると言っていい。冷静に考えれば考えるほど、ジュリアスの浅知恵などは思い上がりもはなはだしいだろう。


 ……だが、彼はそれを

 いつものように何処か尊大そんだいで、余裕のある態度を崩さない。

 例え内心では望まなくとも、ここは頼られる男を演ずる。強く、たくましく、誰もが一目置くような男。その為には虚勢きょせいも張るし、嘘も方便ほうべんと開き直るつもりだ。


 とにかくなんでもいい、何が何でも関門の内側に滑り込まなければ。

 ここで気後きおくれしては、門前払いなどされて当たり前だ。


 ──ジュリアスは番兵が見える位置で仲間を待たせ、一人で交渉におもむいた。

 そうして、番兵と何事かを話し、そのまま何かを訴え続けている。


 ……しばらくすると根負けしたのか、番兵の一人が城壁の内側へ消えていった。

 その待ち時間の間にジュリアスは一旦、仲間達の元へ下がってくる。


「ジュリアス」

「……どうでした?」


「とりあえず感触は悪くないかな。情に訴える方法で、なんとか取り次いで貰った」


 そう言って、ジュリアスは続ける。さりげなく輪を作るように指示し、


「……今のうちに昨日のおさらいをしよう。まず、ゴート。お前は俺の弟子で親父が

俺の後援者。その縁から断り切れずに、なかば押しかけ弟子のようになった」


「うん」

「次にディディー。お前はゴートの幼馴染おさななじみで、その従者じゅうしゃという扱い」

「了解っす」

「損な役回りだが、第三者に分かり易くするにはそうするしかないからな……」


 彼らが何故、このような小芝居をするのかといえば、ジュリアスの出自を他人には明かせない事情があるからだ。

 ……というより、第三者に彼の正体を説明するのが非常に面倒くさい。

 それならばいっそのこと、皆を巻き込んで役として演じてしまう方が無難で何より手っ取り早かった。


「昨日も言ったけど俺は全然、気にしてないっすよ。それにこういうやりとりって、いかにも冒険者っぽいし」


 そう言って、楽しげにディディーが笑う。対照的にゴートは浮かない顔で、


「……けど、万が一、父親について突っ込まれたらどうする?」


「あ、そこはアレだ。昨日の晩に考えたんだけど、<風神丸ふうじんまる>の船主ふなぬしの息子って事にしておこうぜ。実際には商会所有で、そこの跡取りなんだけど。あいつの事なら大体分かってるし、頭が良くて大人しい奴で、将来も船乗ふなのりには向いてないからならないって言ってたし」


「でも、大丈夫かな……?」


「大丈夫、ゴートについてたずねられたら俺が口を挟んで適当にごまかすよ。従者ってそういうもんだろ? それにあいつとの話は簡単には見破れない。第一、ウチの国の海運商会の事情を余所の国の人間が詳しいとも思わないし。ゴートは俺が喋った後、適当に相槌あいづちしてくれるだけでいいよ」


「なんだ、自信満々だな……」


「それこそ幼馴染ってやつなんで。喘息ぜんそく持ちであんまり表には出てこれない奴なんですけどね。子供の頃なんか、あいつの屋敷の本目当てに通い詰めたもんです」


 ディディーは自分の昔話を少し嬉しそうに語った。


「よし。じゃ、そっちはそれでいこう。……で、だ。ガウストに関してだが。昨日の

打ち合わせでは単なる仲間という事だったが、それでは少し動機が弱いと思ってな。

俺が君にれている、ということにして欲しいんだ。さっきもそういう演技で番兵に取り入ろうとしていた」


「──それは、私も、か?」


「いや、君は俺に関心がない方がいいな。今のままでいいさ。惚れた男が空回りしている、という方が第三者からすれば分かり易いだろう」


「ふむ……不都合がないなら、それでいいだろう」


 ガウストは了承した。


「悪いが、よろしく頼む。……それで、話をまとめると、だ。『俺達は仲間になったガウストの潔白けっぱくうったえる為、こちらから出頭しゅっとうして捜査に協力しようとやってきた。惚れた彼女が疑われてる事を冒険者アドベンチャラー協会ギルド経由で知って、居ても立っても居られず直談判じかだんぱんしにきた、というのが俺の動機だ。二人はそれに巻き込まれて、ガウストも仕方なく付いてきた』──以上、ここまでで何か不自然なところはあるか?」


「あらすじとしてはまとまってると思うよ」

「同じく。特に変なところはないんじゃないかと」


「……うん? 君らが問題ないというなら、それでいいだろう」


 視線に気付き、何故か自分にも意見を求められていたようなので、遅れてガウストも回答する。


「それじゃ、ぼちぼち番兵のところに行くとするかな。そこで軽く雑談をしながら、役回りに慣れていこう」


 ガウストを除いた各々が頷く。

 そうやって時間を潰していれば、時期に内部に行った番兵も戻ってくるだろう──

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