13.「説得」

「別に、演技って訳でもないんだけどな……」


 そう言って、ジュリアスはため息のような長い息を吐く。

 呼吸に関する箇所を連続的に殴られたのだ、例え肉体に損傷はなくとも呼吸は

難しくなり、正常に息が整うまで時間もかかる。


なぐごたえはあれど、手応てごたえはまるで無い。屍鬼リビングデッドを殴っているようだった、な。

らちのあかない相手だ」


「……おや、屍鬼リビングデッドとは言い得て妙だな」


 ──屍鬼リビングデッド。どんな魔孔からでも出没する低級な魔物モンスターで、見てくれだけの人間の模造コピーである。知能は無く、技能も無い。身体に痛みも感じない為、生半可な攻撃では止められず、耐久力だけは人間以上にある。もっとも、倒したところで得られるのは屑石くずいしばかりで、それらに砂粒程度の魔石が混入していればいい方である。


(──そう。どんな魔法を使ったかはしらんが、所詮は屍鬼リビングデッド程度だ)


 やろうと思えば、いつでもやれる。だが、そのつもりは毛頭ないだけで。事実、

これまで容赦なく彼を殴りつけていたように見えて、彼女は手加減していた。


「……そうか。


 彼女は気付いて、思わずうめいた。

 それはつまり、本気でやらねば、殺す気でやらなければ彼は倒せないという事だ。

 ──そして、


 この男は、そこまでしなければならない相手なのか……? 

 今一度、考えねばならなかった。


(力づくで追い払う選択──か)


 ……随分と、うまいこと言ったものだ。売り言葉に買い言葉で相手の口車に乗って

しまったのは軽率だった。

 職業柄、魔術師には口が達者な者も多いと聞く。見事に一杯食わされたようだ。


「どうする、お嬢さん? ?」

「……私の打撃は、通用しないと言いたいのか?」


「いやぁ、効いてるよ。魔術によって緩和してるだけで、打撃そのものは通ってる。

俺じゃなきゃ大概の奴は失神してるし、弱い者なら耐えきれず死んでるかもしれん。

それくらい、見事なものさ」


「……私に殺す気はないよ。そこまでする理由がない」


 そう言って、彼女は自嘲じちょうした。


「……そうかい」

「……しかし、気付かぬうちになまったな。しかも、少しびついてもいる」


 客観的にみて、本来の動き──全盛期の自分と比べて、実戦感覚に差異があったの

だろう。訓練や狩りだけでは補えぬものもあるらしかった。


「……お互い、鍛え直しだな」

「……お互い?」


「ま、個人的な話だがね。昔の俺ならこうまで殴られちゃ相手が誰だろうが殺して

やろうなんて思ったもんだが、今は違う。人間的に成長して、丸くなったといえば

聞こえはいいが、戦士としては失格だな。どうにも人格に多少の欠陥けっかんがあるくらいでないと、闘争本能ってやつは維持できないらしい」


「──ふ。丸くなった、か……」


 何か思い当たる節でもあるのか、彼女は小さく笑った。

 それを見て、ジュリアスは気を取り直して話しかける。


「さて、殴り合いはもういいだろう。……もういいよな? その御蔭で分かった事が

ある。まずは確認だが、刃物の扱いは得意か?」


不得手ふえてではないが、人並みだ。威張いばれるほどじゃないな」

「となると、得物はやはり、その拳──いや、五体か」


「そうだな。最も信頼のおけるものは、そうなるな」

「そうか。──ありがとうよ」


「……どういう意味だ?」


 ジュリアスは何やら納得した様子だが、彼女にしてみれば全く訳が分からない。


「──話を最初に戻そう。まず、ギアリングで殺人事件があった。容疑者は暗躍者アサシン

教団ギルドからもたらされた情報から、同組織の元暗殺者とみられている。被害者は

によって殺されており、その手口も元暗殺者の手によるものだろう……と、暗躍者アサシン

教団ギルドの連中が追認したと思われる」


「……それで刃物扱い云々、という訳か」


「その通り。で、現在はくだんの元暗殺者──つまり、、暗殺に刃物は

使用しないだろうと確信を得たところだな」


「……何故、そう言い切れる?」


 誰あろう彼女にその根拠をたずねられて、ジュリアスは苦笑いしながら、


「また、意地の悪い事を。……俺は、刃物は凶器として不適格だと思ってる。いや、

暗殺として使う場合は、な。現場を汚すし、自分も汚れるかもしれない。それに素人

ならともかく、五体を武器として扱えるなら使う道理がない。持ち込む時も逃走の際

も身体検査や後始末を考えずに済むのが素手の利点だしな。君の拳が申し分ないのも

実体験したし」


「……お前が言うと懐疑的かいぎてきになるがな」


 彼女は少し呆れた素振りを見せて、口元で小さく笑う。


「まぁ、そう言うな。……それより、改めて本題の話だ。俺達に協力して貰いたい。

悪いようにはしない。約束しよう。君の疑いを晴らし、俺達は名声を得る。真犯人を

どうするか、どうなるかは知ったこっちゃない。何故ならそれは俺達の決める事では

ない。範疇外はんちゅうがいだからだ」


「行き当たりばったりだな。我々が口封じされる可能性は考慮しているのか?」


「俺の手並みは今見せた通りだ。そして、そのような荒事あらごとならむしろ俺の得意分野

でもある。時と場合によっては皆殺しにして分からせてやればいい──と、かつて

の俺なら嬉々ききとして放言ほうげんしただろうな」


 そう言って、ちらっと未だ離れたところでこちらをうかがっている二人を見る。

 何の足枷も無い孤高の人間であった昔ならいざ知らず、現在は仲間のいる身で

ある。そのような大それた選択肢は選べない。だからこそ、回りくどい道を選ぶ

しかない。


「俺は頭のいい人間が嫌いだ。連中は頭の悪い人間をだまし、都合よく利用しよう

とする。……そんな人間を出し抜くにはどうすればいいか? 頭が悪いと思われた

なら思わせたまま、取り返しのつかなくなる瞬間までそのをしていればいい。

王手チェックではダメだ。詰みの瞬間チェックメイトでなければならない。そこでひっくり返す。盤上を

破壊するような、。だが……」


 ジュリアスは続ける。


「だが、そんな手は生涯で一度しか使えない。一度しか使えない上、使えば最後、

通用してもしなくても以降は対策される。それで終わりだ。二度目はない。安易に

使っていい切り札ではないんだ。……だから、君に協力を要請する。順当に。人と

話し、事前に味方とまでいかなくとも、敵は作らない。そのように立ち回る。そう

すればおそらく、上手くいく。それでも尚、相手が暴力を持ち出してくるならば、

望むところだ。君を護る、仲間も護る。約束しよう」



「……そうまでして、必死になるのは何の為だ? 私がせないのはそこだ。本当に

君らが言う、目的の為なのか? いくらなんでも、危険と報酬との天秤が釣り合って

なさすぎる。見ず知らずの私まで不安要素として抱え込んで。……実は、知り合いが殺されたとかではないのか?」


 ジュリアスは首を振る。


「いや、被害者は関係ない。ここに来た俺達は動機こそ個々人で違うものの、目的は

一致している。必死なのは、それだけ余裕がないのさ。余裕がないからこそ最初から捨て身だし、出し惜しみもしない。こちらの事情を明かせば、そんなものだ。今更、君の為を思ってなどと白々しく言うつもりないが、しかし、俺達と組めば君の為にはなると思う。繰り返すが、君の悪いようにはしない……決してだ。このジュリアス=ハインラインの名にけて、誓おう」


「名に懸けて誓う──か。最初から、そればかりだな」


「……今の俺に差し出せるのがしかないからな。誠意を見せる為にも、そう言うしかないのさ」


 ──亡くなった師父から、聞いた事があった。

 魔術師にとって契約が絶対であるように、暗殺者アサシンもまた契約は絶対なのだ、と──

 彼が名前に懸けてちかおうと言うなら、おそらくそれは本当なのだろう。


 自嘲したジュリアスを見て、彼女はひとつ、嘆息をいた。


「……もういい。貴様の本気は分かった、実力もある程度は知れた──いいだろう、お前達と組んでやるよ」


 それから、思い出したように彼女は名を名乗った。


「それから、私の名前はガウスト、だ」

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