12.☆「対決」


「君に力づくで追い払う選択肢も用意しようか──」


 ……魔術師のジュリアスは一方的に「彼女の力になる」と宣言した後、そのように付け足した。

 彼女は元暗殺者。そして今は旅の拳士と己を偽って、この村では臨時の狩人として生計を立てている。

 腕っぷしには自信がありそうだった。

 実際、村人の話を聞く限りでは猪を一撃で昏倒させたという話もある。


*


「どっちが勝つかな……」


 ゴートとディディーの二人は喧嘩の──戦いの邪魔にならないよう、家の出入口のそばたたずんでいた。今のは別に話しかける意図はなく、注意深く見ていたゴートの口から自然に声がたのだ。


「どっちが……ていうか、あの人が負けるとこはあんまり想像出来ないけど、な」


「……まぁ、確かにジュリアスは強さの底が全く分からないからね。僕ら相手に稽古をつけてもらってる時も、手加減どころか片手間ですらない気がする。けど、それは僕たちが素人だからだ……」


(本物相手なら、ジュリアスの本当の実力が見えるかもしれない)


 これは、ゴートにとっては願ってもない展開と言えた。

 いや、もしかしたら……ジュリアスは自ら進んでそのような展開にもっていったのかもしれない。彼には時々、人を試すようなふしがあるのだ。


 二人は今、普通に会話の出来る距離──大体、五歩以内で対峙している。


 これは拳士の間合である。真剣勝負であるほど、ジュリアスは全く遠慮しない。

 相手の得意な位置で戦う。真正面から真っ向勝負をして、言い訳も許さず完勝する事をよしとしている。彼にとっての一対一の勝負とは、そういうものだった。


 固唾をのんで見守っていると、ジュリアスの口が開く。


「……さて、やり合う前に一つ教えておく。君がこの魔法を知っているかは知らんが俺は"風の痛打ウインドブラスト"と"疾風衝エアスラスト"の二種しか使わない。それも詠唱なしで、だ。君相手に悠長に呪文を唱える暇なんてないだろうからな。なんなら、発声すらせずに使うかもしれない。頭に入れておいてくれ」


 ……彼女はため息をくように息をく。


「必要なら、実演もしておこうか? 暗殺者、というのは標的に対して念入りに調べ上げるものらしいからな。今少し情報が不十分なら、なんなりと聞いてくれ」


「……結構だ」


「それは結構。それなりに神経をさかで出来たようで何よりだ。その調子で手加減せずにぶん殴ってきてくれたまえ。ま、やれるものなら──「そうさせて貰おう」」

「んなっ!?」「嘘だろ!?」


 ジュリアスが言い終わる前に彼女の拳がとんできて、的確に顔面をとらえると大きく吹っ飛ばした! 余程よほど、腹にえかねていたのだろう。彼女としては高慢な鼻っ柱を叩き折るつもりだったが、ジュリアスに咄嗟とっさに顔をそむけられてあごの辺りを殴り飛ばす形となった。


 ……そして、彼が思い切り殴りつけられて二人が驚愕きょうがくしたのにも理由がある。

 何故なら彼らは彼の魔術、防御の上手さを誰よりも──稽古を通じて、身をもって知っているのだ。如何いかに不意打ち気味だったとはいえ、あのように無様な醜態をさらすとは、全く予想だにしなかった。


 ……草の上に仰向けに倒れているジュリアスだが、昏倒こんとうはしていない。むしろ、意識ははっきりとしている。自信か強がりか、薄笑いを浮かべて立ち上がる。


「……少しは溜飲りゅういんが下がったかな?」

「少しはな。そして──」


 次の瞬間には密着しそうな距離まで二人は接近していた。

 一息に間合いを詰めたのだ、彼女が。「これでしまいだ」拳を押し付け、体を押す。


 ──端的に言えば、彼女のしたことはだけ。


 だが、ジュリアスの体は猛烈な速度で地面と平行に飛び、やがて肩から着地すると、もんどりうって外套マントを派手に巻き込みながら──それでも勢いはなかなか死なず、回転が止まるまで十数歩の距離を要した。


 総距離にして、二十歩ほど吹っ飛ばされたのだろうか……


「嘘だろ……」


 先程と同じように同じ台詞をディディーが呟いた。一方、ゴートは絶句している。

 今度は驚愕というより、二人は明らかに狼狽ろうばいしていた。


 それは一度ならず二度までもジュリアスがやられたからか、それとも尋常ではない彼女の実力に対してか……


「…………」


 しかし、彼女は拳を握ったまま、残心を解かない。

 派手に吹き飛んだ割には、ジュリアスもピンピンしているようだ。倒れてからすぐうめき声が聞こえ、もぞもぞと動いては、いる。


「いや、しかし……ここまで吹っ飛ぶとはなぁ……」


 ジュリアスは老人のように緩慢かんまんな動作で上半身を起こす。絡まるように巻き付いた外套マントをゆっくり元へと戻しながら、


(それにしても、たった一撃で距離が大分離れてしまった……恐るべし、だな)


 あの体躯たいくと助走から、よくもこれだけの爆発力を生み出したものだ。

 特筆に値する、とジュリアスは素直に感嘆かんたんしながら立ち上がった。


「どうなる事かと思ったけど、効いてない、のか……?」

「効いてないね。俺なら死んでる」


 最初こそ衝撃の幕開けだったが、ここにきて普段通りのジュリアスが見れたので、二人にも若干、安堵あんどの色が浮かんでいる。ディディーに至っては、軽口を叩く余裕も出てきた。


「しかし、ジュリアスさんがあそこまでやられる姿を見るとはなぁ……いや、あの人がとんでもなく強いって事なんだろうけど……」

「そうだね。けど……」


 ゴートは言い淀み、何事か思案する。


(いくらなんでもジュリアスがあんな風に簡単にやられるのは妙だ……ジュリアスは前に、「実戦の一対一で剣士に遅れをとる事は無い」とまで言い切った。その理由も明快で、魔術によって間合を制する事が出来るからだ。他にも搦め手だって使える。幻惑して距離感を見誤らせて、その隙をく事だって出来るはず。今のジュリアスは敢えて何もしてないんじゃないか……? それとも彼女は、実力でそれを破っているのだろうか……?)


 遠目からでは、ましてや当事者ではないから真相は分からない。

 見守るしかない人間としては、前者である事を祈るのみだ。


 ……一方、ジュリアスはそんな傍観者の心配を余所に、


「じゃ、今度はこちらの番かな」


 悠然と構えながら左手を突き出すと、不可視のを彼女の前方に叩きつける!

 拳大の石のようなものが、地面に衝突して弾け飛んだ!


 ──これが"疾風衝エアスラスト"だ、一発目は威嚇射撃いかくしゃげきですらない。

 必要はないと彼女は拒否したが、この魔法がどういうたぐいのものかをジュリアスは教えておきたかった。それは悪いようにはしないと言った手前、有言実行しなければ彼の気が済まなかったというのも多分にある。


 二発目からは当てる、ジュリアスはそのつもりでいた。だが……


「──おっ?」


 彼女にとっては一度見れば十分だ。不可視とはいえ飛礫つぶての速さ、威力、魔法を撃ち出す前後の隙──全て記憶した。二発目は、ない。


 微妙に変化した掌の位置と視線から、ジュリアスの狙いを本能的に察知した彼女は既に飛び出していた!


 一歩、二歩──

 大跳びで踏み込む度に飛距離は伸び、速度も増し、人外の域まで加速するとおおよそ二十歩の距離を、先程同様、彼の間近に肉薄すると急停止!

 それまで直進に使っていたを跳躍に使用した!

 彼女の跳び膝蹴りがジュリアスのひたいに激突し──見事な体幹で身をひねりながら、その後方にふわりと着地する! 


「かっ……!」


 そして、彼女は間髪入れず抱き着くように近付くと背中から心臓目掛けて肘打ちで強打、衝撃が胸へと抜ける様を確信し、互いの体を入れ替えるよう、回るようにさばきつつ、鳩尾みぞおちに膝蹴り!

 反射的に彼の身体からだに曲がろうとするなら、それを手助けするように両手で頭部をおさえにかかり、一方は髪を掴んであごを上げさせ、一方は延髄えんずいを下方に押さえ込み、無防備にしたのどねらまして再び膝蹴りを叩き込む!


 ジュリアスは声も無く大きくり、二歩、三歩と後ろへたじろいだ。

 そして、その姿勢のまま、しばらく硬直している。しかし──


「……下手な演技はやめたらどうだ?」


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