11.「交渉」 

 最後に入ったゴートが木造の扉をゆっくり閉め、まずは出入口のどろけの絨毯じゅうたん

踏みしめながら、家の中を観察する。

 内部は大部屋が一つだけの簡素で単純な家屋だった。家というよりは外観を除いて機能は小屋のようなものに等しい。かまどなどはおそらく、向こう側に見えている裏口の先にあるのだろう。

 その他、小屋との違いといえば、家の中には採光用の硝子ガラス窓がめ込まれており、それが生活感を向上させている、という事くらいか。

 

 おそらく一人暮らしのようだが、掃除は行き届いている。だが、家財道具は必要

最低限の物しか見受けられない。

 壁際に椅子、机、掃除用具。丸められて立てかけられた絨毯、畳まれた毛布……

角ばった大型の革鞄には衣類でも収められているのだろうか? とりあえず、見える

範囲では贅沢品のようなものは一切無かった。


 彼女は招かねざる客を特段気にした様子もなく無感情に、端に寄せていた椅子を

二脚、中央に持ち寄ると一脚を三人に寄越し、もう一脚には自分が着席した。


「……それで? 本題というのは、何か?」


 彼女は無感情、無表情のようでいて、その実、不機嫌なのかもしれない。腕組みをして背もたれに寄りかかり、足を伸ばして足首を交差させている。

 そんな彼女に向かい合うように置かれた椅子には、ジュリアスが着席した。

 ……ここまで、ゴートとディディーの二人は交渉の邪魔をしないように一切、口を挟まずに成り行きを見守っている。


「少し前に、東の隣国ギアリングで殺人事件が起こったそうだ」


 ジュリアスが話を切り出す。


「……それで?」


「犯人はどうやら、暗躍者アサシン教団ギルドの元暗殺者らしい。なんでもそのような噂があって、暗躍者アサシン教団ギルドの使いの者が、実際に当該国を訪れていた──それが、最初に俺達がこの件を知った時の状況だ」


「──その犯人が私で、最初の段から既に私が疑われていた、と」


「察しが早い。その通りだ。そして、この場所の目星は偶然出会った暗躍者アサシン教団ギルドの女から教えて貰った。教団の侍祭じさい、と言っていたな。名前は""のアンテドゥーロ」


「…………」


 ここまでの話に嘘は何一つない。彼女は黙って何かを考えていた。


「……一つ聞くが、"知"のアンテドゥーロというのはどういう人物なんだ? 貴方と顔見知りだったりするのか?」


「知らんよ。私の記憶にはないな」


 とぼけているのか、本当に知らないのか。

 ぶっきらぼうな返答はどちらとも判断がつかなかった。


 ……しかし、黙秘されるよりはいい。感触は悪くない、ジュリアスは思った。


「では、"知"のアンテドゥーロとは教団内では何者だと予測できる?」

「侍祭を名乗っているのだろう? なら、そいつは侍祭ということだ」


「……貴方は既に暗躍者アサシン教団ギルドとは関わりのない立場だ。それでも、教団の情報を喋る訳にはいかないのか?」


「私に組織をかばてする義理はない。だが、君らに手を貸す義理もないな。忠告は感謝しよう。返礼としてこうして一席もうけてやったんだ、それで帳消しだ。……話は終わりかな? ならば、お帰り願おうか」


 最早、取り付く島もない。彼女は席を立とうとした、


「待て──」

「しつこい男は嫌われるぞ。……いや、私は嫌いだな」


 席を立つ、そして、椅子を元々のところに置いて片付ける。


「さ、そいつも寄越せ」


 彼女はジュリアスに起立を促した。すると彼はうつむき、そのまま、ぼそりと呟く。


「……女を口説くどく殺し文句の一つでも用意しておくべきだったか」


 そう言って、自嘲じちょうする。そして、嘆息を一つく。

 顔を上げたジュリアスと彼女の視線が合った。


「……そうだな。しかし、私は貴様のような男は好みではないと言っておこう」

辛辣しんらつだねぇ……」


 ジュリアスは苦笑する。……しかし、


 それは、交渉の打ち切りを意味するからだ。何の成果もないうちに──違う。

 成功や成果はただの結果だ、それは問題ではない。自ら諦めるような姿勢だけは、二人に見せる訳にはいかないのだ。

 一行の代表者として席に座った以上、そのような真似は出来る筈もない。


「……俺達には目的がある。俺達の目的の為に、俺達は貴方と手を組みたい」

「──断る、と言ったら?」


「まず、俺達の目的から話そう。何、大それた話じゃない……ちょっとした話の種になればいいんだ。、そう呼ばれるくらいでちょうどいい。自己紹介を省けるくらいの、ささやかなものでいいんだ」


 ジュリアスは続ける。最早、独白どくはくに近い。


「その為に俺達は今回の事件を利用する。こうして巡り合えたのも天の配剤と信じてな。……話を整理しよう。俺達は、名声を得る。アンタは、濡れ衣を晴らす。魔術師ジュリアス=ハインラインの名にけて、決して悪いようにはしない。約束しよう」


「私はただ、これからの余生を穏やかに暮らしていければいいだけなんだがな……」


 その時、呆れたように呟いた彼女の言葉を、ジュリアスは聞き逃さなかった。


「──その願い、叶えよう」


 それはまるで物語に登場する魔人のように、ジュリアス=ハインラインは一方的に宣言した。そして、彼は勝利宣言をする──


「契約成立だ」

「……は? お前は何を言って──」


「俺達はアンタにかけられた濡れ衣を晴らす為に行動する。そして、俺個人として、アンタの願いが叶うように協力をしよう。。あらためて、魔術師ジュリアス=ハインラインの名に懸けて、誓おう」


「ふざけるな!」


 ここまで冷めた印象のあった彼女だが、こうまで有無を言わせず勝手に話を進められては流石に感情的になり、激昂して彼を怒鳴りつける。だが、ジュリアスは気にも留めず──いや。早速、涼しい顔で提案をした。


「ふざけてなんかない、こっちも大真面目さ。先にも言ったが、手ぶらじゃ帰れないんでね。だけど、どうしても、というなら──という選択肢も用意しようか」


 ジュリアスが親指で、出入り口の扉を指差す。、という意味らしい。


「いいだろう。──後悔するなよ」


 彼女はその挑発に乗った。そして、出入り口に向かって歩き出す。

 その途中、行き先をさえぎってはまずいとゴートとディディーの二人が慌てて彼女に道を譲った。


 その彼女の後ろ姿を眺めながら、ジュリアスは小さく笑っていた。

 不敵に、余裕よゆう綽々しゃくしゃくに──


 そして、彼はゆっくりと席を立つのだった。 

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