・暗躍する暗躍者 ー後編ー

10.「出会い」

 暗躍者アサシン教団ギルドから抜け出した元暗殺者が現在潜伏しているという山村、トーチャ。


 そこは閂の国スフリンクでも最北端にある村であるが、王都と比べて気温が少し上下する程度で、気候が違うほど大きな変化がある訳ではない。横に狭く縦に長い国ではあるが、残念ながら国土はそこまで広くはない。


 ジュリアス、ゴート、ディディーの三人はいつもの街中で過ごす普段着ではなく、厚手の冒険服を着ていた。季節は十月も半ば、後半に差し掛かり、いよいよ秋本番といった具合。服装的にもちょうどよくなってきた。

 その他、あまけにもなる外套マントも身に着け、一行の監督役であるジュリアスのみ、一目で魔術師と分かるようにと真っ黒に染め抜いた外套マントを着用している。

 ……普段は明るいディディーが、緊張からか口数が妙に少ない。

 ゴートもいつにも増して不安げな表情だ。だが、無理もない、か。これから元とはいえ、暗躍者教団で暗殺者をやっていた人間に会いに行くのだから。


*


 ──早朝、一行は王都の魔道駅からトーチャに最も近い魔道駅へとんだ。


 しかし、そこからでもまだ目的地へは徒歩で三時間は優にかかると駅員に言われ、仕方なく馬車を走らせて貰う。ところどころ整地の行き届いていない、それでいて長々と起伏のある道のせいで乗り心地は余り良くなかったが……ともあれ、トーチャに到着した。


 馬車から降りて馬と御者に別れを告げると、三人は思い思いに体をほぐしながら、景観と周囲の様子を眺める。降ろされた場所は村落の入口で道端には草が茂り、往来の邪魔になるような石などもそこらに適当に弾かれていた。


 遠目では村の周辺は里山に囲まれており、斜面の一部は果樹園にでも開墾かいこんされたのだろう──同じ種類の木々がおそらくは数十本、等間隔に並んでいる。それが複数個所ある。そこから視線を下げれば、田園が見える。畑もある。畑では農作業に従事している人がいる。

 この近くにはないが当然、水も流れている。離れたところに見える水路は一跨ひとまたぎではなくほどの幅で、水量も十分そうだ。


 総じて、ここまでは……という、風景だった。


「さて……来たはいいけど、これからどうします?」


 ディディーがジュリアスに訊ねる。

 道なりに進めば民家がぽつんぽつんと建っているのが見えるが、例えそこを訪れたとしても昼飯前という時間帯からして、在宅とは限らない。……となれば、今見える人に声をかけるのが賢明だろう。ジュリアスはそのような事を言って返した。

 二人もジュリアスの意見に反対しなかった。そうして、出会った村人に試しに話を聞いてみると該当する人物に心当たりがあったのか、実にあっさりと現在の所在地を教えて貰えた。


 なんでも別嬪べっぴんさんのその彼女は猟師達が狩りをしている最中に出会ったらしく、素手の一発で猪を昏倒こんとうさせるほどの腕前を持つ拳士だとか。

 野性的な勘も鋭く、猟師達はその場でうて村に雇い入れたらしい。

 そして今は、村落の空き家の一つを住み家にしている……とのことだ。


(言っちゃなんだがこんな辺鄙へんぴな村じゃ、そりゃ目立つよなぁ……)


 三人は事情を教えてくれた村人に礼を言って、別れる。

 目指すところは勿論、彼女の住み家にしているという、元・空き家だ。


「確か、合言葉がありましたよね?」


 ……その道すがら、思い出したようにディディーが呟いた。


「うん、あった。『ネストでは世話になった、礼がしたい』……だったね。どういう

意味かな?」


「さてね。実際、そういう場所があるのかもしれないし、単なる造語で意味などないのかもしれん。どうせ、ただの符丁だしな」


「符丁そのものに意味はない、か……だとしても、だよ? それじゃこれはどういう意味で……いや、どういう用途で使われているんだろうね?」


「符丁としての用途、ねぇ……」

「相手は暗殺者なんだし、依頼の前の合言葉では?」

「俺もそんなところだとは思うがな……」


 ディディーの予想にジュリアスも同調する。


「逆に、相手をだまして警戒するようにうながす符丁だったり、とかは?」


「ああ、去り際にそういう含みのある言葉を言ってた気もするが……結局、あの女を信用するかどうか、さ。仮に騙されたとしても、返ってくるのは騙し討ちさ。なら、こちらもそういう事があると想定していれば、幾らかはになる。致命的に不利になる事はないだろうさ」


「それはまぁ、確かに……」


「……あぁ、別に責めてる訳じゃないぜ? 勿論、そういう考え方は大切だからな。意見には多少の相違があっていい。集団として、その方が健全だからな」




*




 ──そうして歩くこと、しばし。一行は目的地に到着した。


 その家は村落の中でも中心から離れた、坂を上った小高い場所に建っている。

 家屋から見える範囲には山林があり、草の絨毯じゅうたんは土の肌がところどころ虫食いのように見えている。……しかし、木造りの小さな家の周辺は人の手できちんと手入れされているのか、奇麗に土でならされていた。


 一行は家の玄関口まで行くと、代表してジュリアスが薄い木の扉を数度叩く。

 すると、中から女性の声で「誰か」と尋ねる返答があった。


 ……幸先がいい、彼女の後ろ姿を求めて駆けずり回らなくて済む。

 まずはこちらから「冒険者のジュリアスである」と嘘偽りなく名乗って、話を伺いたいと先方に伝える。


「冒険者? ……話というのは、何か?」


 扉を僅かに開けて、こちらを覗き見ながら彼女が言った。


 身長は平均的な成人男性と比べて、やや低い程度。女性の中では高い方だろう。

 短めの黒髪に黒い瞳。噂通りの美人だが、化粧っけは全くない。

 臨時とはいえ、狩猟を生業にしているから当然か……いや、その割には肌は白く、きめ細やかで──そういえば、出自のノーライトは元々、北方の国だったか……

 ジュリアスのそんな先入観、或いは邪推じゃすい──も彼女のその容姿、存在感から答え合わせになってしまっていて、妙に納得してしまう。


 ジュリアスは気を取り直し、咳払いを一つして、


「まず、話の前に一つだけ。我々は怪しい者ではない、れっきとした冒険者であると今一度、表明しておく。その上で、だ。貴方に言伝ことづてがある」


「……言伝?」


「ネストでは世話になった、あの時の礼がしたい。……というような台詞セリフを、我々はから教えて貰ったのだが」


「……それで?」


「それにどのような意味があるのか、貴方に訊ねれば分かると聞いたんだ」


「そうか……皆目かいもく見当けんとうもつかないな。他を当たってくれ」


 彼女は扉を閉めようとするが、ジュリアスもそうはさせない。

 素早く足と手を使い、強引にでも対話の窓口を閉ざさせない。


「悪いが、こちらも相応の時間と金をかけて来てるんでな。手ぶらじゃ帰れない」

「……何を追っているのか知らんが、深追いすると火傷やけどじゃすまないぞ。最悪、命を失う事だってある」


「やはり、知ってるじゃないか。……暗躍者アサシン教団ギルドつながるんだろう?」


「昔の話だ。かなり昔の、な。貴公らは。今の時代には通じない」

「……どういう意味だ?」


「文字通り時代が変わった、という事だ。今の暗躍者アサシン教団ギルド。随分前から、、だ。それが答えだよ」


「……アンタは違うのか?」

「今は違うな。……いや。、な……」


 もういいだろう、と今度こそ扉を閉めようとする。しかし、ジュリアスはまだ退くつもりはなかった。


「──話が通じそうな相手で良かったよ。貴方に相談がある、話の本題に入りたいがここで立ち話も何だ……中に入れては貰えないだろうか?」


「……帰って欲しいんだがな」


「下心のある男じゃないんだ。用が済んだらすぐに帰るよ」

「どうだかな……」


 小さなため息を吐きながら、扉が開かれた。

 その隙を逃すまいとジュリアスは遠慮なく侵入する。


 ……その後ろを少し怖気おじけづきながらも、ゴートとディディーの二人も続いた。

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