ー幕間ー

9.「冒険者の夢と現実」

 ──から手に入れた情報が正しいとするなら、世間を騒がせている暗殺者は今、閂の国スフリンクの山村<トーチャ>に潜伏しているという。

 その村は王都スフリンクから見て、方角はほぼ真北。

 位置は国内では最北端にある。山間やまあいの村、山にうずもれた村、とでも言うか……

 トーチャから北はほぼ手つかずの森林が広がり、その森林を抜けると、大陸の中央

を雄大に横断する聖マリーナ山脈にたどり着く。

 そしてその山脈をも踏破しようものなら、そこはノーライト。そう、百年以上前の

戦争で悪名高き、あのノーライトの国土である。


 ……そういえば、ゴートとジュリアスが初めて出会った場所も山村であった。

 その村は西部にあり、ノーライトではなく西の隣国ラフーロに近い、ホステルという名前の小さな村である。


*


 ……昨日、一行はラフーロより帰還すると、まず一日は休みにてる事に決めた。

 多少の疲労もさる事ながら、それ以上に気持ちの整理が必要だろうと判断したからだ。それから、少しでも下調べしてからの方がいいとも考えた。


 そして、今日──

 ジュリアスは同じ宿を借りているゴートを伴って、冒険者アドベンチャラー協会ギルドに赴いていた。

 すると、そこには先客がいた。……ディディーである。

 掲示板の前で彼の後ろ姿を見かけると、二人は声をかけた。


「よう、ディディー」

「おはよう。考える事はみんな一緒だったようだ」


「ああ、おはようっす。いや、一緒っていうか……それもあるんですけど……」


 そう言って、壁に設置された掲示板の貼り紙──画鋲で留められた手書きの手配書に目を戻す。二人もそれにならって掲示板を見た。

 ……内容はどれも似たり寄ったりなもので占められていた。

 乱暴に言えば、期間や場所が違うだけだ。何処其処どこそこへの荷役だの農作業や漁港での力仕事だの、見る限りでは冒険者らしい仕事は一つもない。


「昨日、あの子が言った事がね……どうにも気になって、確かめに来たんですよ」




『失礼。……しかし、事実でしょう? ごく一部の地域を除けば、この"理想のアルカディア大陸プレート"は死の危険とはまるで無縁です。まさに平和そのもので、あるのは名ばかりの冒険だけ……にも関わらず、この大陸でいつまでも、ただの冒険者を、果たして冒険者などと呼べるのでしょうか? 例え、貴方は違うと言い張っても、小遣い稼ぎに来たような後ろの二人はどうかしら?』




「……ああ、彼女の冒険者評ね。それが気になってたのか」

「ええ。それで現実はどんなもんかと見に来て──ああ、やっぱりこれは……確かに言われた通りだな、と思った訳です」


「ま、一面だけ見たら反論は出来んよな」


 壁に貼られた仕事は、要はどれもこれも日雇い仕事の延長線上にあるものだ。

 身近な仕事ばかりで専門性はほとんどない。そしてそれは、冒険者本来の役割ではない。

 これらの仕事は、駆け出しの者や手空てすきの際の穴埋めにはよいだろうが……これが本業などでは断じてない。


 ……このまま話し込むには場所が悪いので、三人は利用者の邪魔にならないよう、人のいない壁際に移動する。


「──確かに、ここで斡旋されている仕事は誰にでも出来る代わりのきくものばかりだ。別に冒険者である必要はない。だけどな、あの女は同時に『この大陸は危険とは無縁』とも言った筈だ。それは冒険者本来の役割、魔孔※注(魔物の発生源)の発見と消滅、及び魔物モンスターの討伐ってのが、公に依頼されるには冒険者の数に対して余りにも少なすぎるって事を意味している。つまり、口を開けて待っていても餌は飛び込んでこないのが実情だ。


「そうだね。整備された街道なんかを歩いていても……いや、歩いている限り、か。魔孔なんか自然には開かないし、魔物だって当然、そこに現れないだろうね」


「まぁ、何かが悪さをして突然、魔孔が開いたり、って悪い例も無いとは言い切れないがよ……こいつは余談だがね」


「ああ、そんな事もあったね……」


 それを聞いて、ゴートが苦笑いする。そもそもの出会い──いや、ジュリアスと

ゴートに縁が出来たのはその事件が発端だった。


「いやまぁ……現実的には、分かってるんですよ。これは必要な事だって。世の中、何をするにも元手は要ります。具体的には金やら時間やら。魔孔の捜索だって、人里離れたところにいって、闇雲に何日も探す訳でしょ? 当然、無駄に終わる事だってある。金を稼いで、探しに行って……また金を稼いで、探しに行って。冒険者として上手く立ち回って、それの繰り返し。だから、こういった仕事も必要なんだって」


「そうだ。本業だけじゃ早晩、干上がってしまうからな。そこらの冒険者なんて芽が出る前から廃業だ。だからこそ、この国は冒険者を手厚く保護しようとしている。で、その政策の成果が掲示板あそこにあるって訳だ」


 ディディーも頷いて理解は示している。頭では分かっているのだ、頭では。


「けど、それとこれとはまた別の話で……なんか夢がないな~、とも思っちゃったりして……」


 そう言って、ディディーは苦笑いする。その気持ちも分からないではない。

 どうしたものか……と、ジュリアスは少々思案して何かを思いついたのか、


「それじゃ逆に、

「……夢のある話?」


「そうさ。ディディーの懸念けねんは見つからなかった場合の話だろ? もしも、そういう事が続けば……って、不安になって将来を悲観するのも分かる。では、見つかったとしたらどうだ? 出来立てじゃない魔孔だ、そこそこの大きさがあって、魔物だって数匹いる。……さ、どうする?」


「どうするって言われてもなぁ……魔物倒して、それから戦利品を漁って……それで終わりじゃないですか?」


「ふむ。じゃ、魔孔はどうする?」

「……魔孔ですか?」


「そう、その魔孔だよ。原則的に人の営みから外れたところに開き、放置すれば際限なく魔物を吐き出すようになる悪性の発生源だが、上手くすれば貴重な資源の採掘場となる可能性も秘めている。過去の大戦での古戦場跡の幾つかが大規模な魔孔……所謂いわゆる<大魔孔だいまこう>となって以降、生まれた価値観だな。冒険者アドベンチャラー協会ギルドに報告して有用な魔孔と認められれば、幾らかの報奨金とある程度の優先権を獲得出来るぞ」


「……それって、報告しない場合はどうなるの?」


 ゴートが訊ねる。


「どうもこうもない。同業他者に見つかるまでは独占出来るさ。但し、協会への報告は早い者勝ちだ。そこで負ければそれまでだ。あまり欲をかきすぎても自滅するって話だな」


「そうなんだ……」


「実際には、状況やら相手との交渉次第で色々と変わるだろうがな。……で、魔孔の発見報酬だが。最低でも銀貨2000枚から3000枚、上は金貨2000枚の発見報酬を得た実例があるそうだ」


「金貨2000枚はまず無理としても、そこそこのものを発見出来れば銀貨2000枚、か……」


「でも、何日も……いや、何年もかかって2000枚だとちょっとしょぼいっていうか、全然元を取れてなくないですか?」


「──そこで、優先権の話が出てくる訳だ」


 冒険者協会に報告して有用と判定された魔孔は、協会を通じて国の直轄地となる。 

 それ以降、発見者は魔孔の保全など考えずに済むが、同時に例え発見者といえど、国の許可なくして立ち入りは禁止となる。しかし、冒険者協会に申請すれば年に一度は必ず、その魔孔で魔物の討伐が出来るのだ。


「そうやって、継続的に魔物を退治して戦利品を得る事が出来るって訳だな。何年か経って引退したりしても優先権は有効だ。若い衆を雇って、代わりに狩って貰うのもいい。若者は経験を得て、戦利品は折半だ。いや、契約次第じゃ利用料だって取れるかもしれないんだぜ?」


「そうなんですか……いや、でも……気の長い話というか現実的ではあるけど、それも夢のある話ってのとは、ちょっと違うような……」


「ま、ディディーの言う通り、じじくさい話だよな」


 ジュリアスは苦笑する。


「けどよ、今の俺達は引退どころか、駆け出しの冒険者だぜ? 今言った若い衆は、そのまんま俺達の話でもある。つまり、お前らがやる気なら、それ相応のやり方ってもんがあるのさ」


「それ相応のやり方……?」


「おうよ。本当は今回の件とは関わらず、地道にこつこつと信頼重ねて根回しをしていくつもりだったんだけどな。けど、こうなった以上は上手く利用して悪いようにはしないつもりさ」


「根回し……か」


 ゴートが呟く。ジュリアスは頷く。そして、続けた。


「別に難しい話じゃない。大人の世界の根回しは駆け引きよりも取引さ。単純な貸し借りだよ。商談する卓に付く事が目的なら、そこに至るまでの行程……扉が開く前、屋敷に入る前、門をくぐる前──その一つ一つを突破する為に、一つ一つ色々なものを駆使するのさ。まぁ、これは正攻法のやり方だけどよ。俺達はこれから、その材料を少し近道して手に入れようって訳さ」


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