第7話 決着

 最終コーナーに差し掛かり、先頭集団を捉える。

 そのさらに先をカルナタのルグドリアドが走っていた。


「えっ? なっ!? こ、こいつあんな後ろから一気にここまで……」


 集団の誰かがそんなことを言ったが、すでに後方となった彼らの声はもう聞こえない。


 先頭集団を抜けたスピララがルグドリアドへと迫る。


 捉えた。

 あとはあいつを追い抜くだけだ。


 ルグドリアドへとあと1馬身。

 そしてようやく……半馬身差。並びかけた。


「マ、マナリークっ? ちっ、あの役立たずどもめ」

「卑怯なことばかりして。お前に騎手の誇りは無いのか?」

「なんの話だい? しかし……くくっ、落ちこぼれのお前がよくもそんな馬で追いつけたものだ。まさか僕に勝つつもりかな?」

「そのつもりだ」


 最後の直線へ入ってスピララがルグドリアドに並ぶ。

 そう思ったとき、


「だけどそれは無理だねぇ。ルグドリアドはここからが本気だからさ」

「……っ」


 掲げられた鞭がルグドリアドの尻を叩く。

 と、直線でルグドリアドはさらにスピードを上げて駆けた。


「さらばだマナリークっ! こいつの尻を眺めながらのんびりゴールをするがいいっ! あははははっ!」

「ぐっ……うう」


 鞭で加速するとは思っていた。

 しかしまさかこれほど余力を残していたとは。


 2馬身3馬身……どんどんとルグドリアドは前へ離れて行く。


 ここまでだいぶ体力を使って走って来た。

 いかにタフなスピララでも、ここから加速するのは難しい。


「やっぱり……無理なのか」


 先を見据えて俺は絶望的な気持ちになる。


「けれどよくやったよな。ここまで。だからもう……」

「バカーっ!!!」


 うな垂れようとした俺の耳をスピララの大声がつんざく。


「このざこっ! 弱気になるなっ! まだ終わってないっ!」

「だ、だけどもう追いつけない。お前はもう限界だろう?」


 息が激しく荒い。

 その様子から、限界まで力を出し切ってスピララが駆けているのだとわかる。


「だったら限界なんて超えてやるしっ!」

「そんなの無理だっ!」

「無理じゃないっ!」

「だ、だって限界を超えるなんてどうやって……」


 すでにレースは終盤。

 こんな直前で限界を超える方法なんてあるはずはない。


「それ」

「えっ?」

「その腰に持ってるやつを使ってっ!」

「つ、使って……これは」


 鞭だ。


「それで……その、スピララのお尻を叩くのっ! 」

「いやでも……お前」

「早くしろざこーっ!」

「わ、わかったよっ」


 俺とスピララのあいだで鞭の合図は必要無い。

 それなのに叩いてどうなるのか?


 よくわからないが、俺は腰から鞭を取ってかかげる。


「あとで怒るなよっ!」


 かかげた鞭をスピララの尻へ振り下ろして叩く。その瞬間、


「いっだああああああっ!!!」


 スピララは大声で嘶く。そして、


「なにすんだごらあああああっ!!!」

「えっ? うおあっ!?」


 突然の急加速。

 後方へと強く身体が引かれるも、手綱を握りしめてなんとか耐える。


「ス、スピララっ?」

「おらあああああっ!!!」


 もはや俺の声など聞こえていない。


 猛スピードで走るスピララがグングンと先頭へ迫り、


「……は? なっ……にぃぃぃっ!!!?」


 驚愕に目を見開くカルナタの表情を横目に捉えながらルグドリアドを抜き去りゴールを駆け抜けた。


「や、やったっ! 勝ったっ! うわあっ!?」


 歓声を耳にしつつ俺は歓喜に打ち震える。


 しかしスピララは止まらない。

 暴れ馬のごとくコースを駆け回り、俺は振り落とされないよう必至にしがみついていた。


「落ち着けっ! もうレースは終わったんだっ! スピララっ!」


 そう叫んで俺はスピララの首を撫でる。


「フーっ! フーっ! フー……フー」


 落ち着いたのか、ようやく足を止めたスピララが首を巡らして周囲を見渡す。


「フー……なんかすごい疲れた。で、レースはどうなったの?」

「お、覚えてないのか?」

「鞭でお尻を叩かれてキレてからはなんにも」

「そうか……お前、キレるとすごい力を出すんだな」

「あーなんかそんな気はしてたけど、やっぱりそうなんだ。覚えてないけど」


 そういえばスピララがまだ子馬だった頃、柵に頭をぶつけて暴れ出して馬房を半壊させたことがあった。


 痛みで頭に血が上るととんでもない力を発揮する。


 それをスピララは無意識に理解していたのだろう。


「お前のおかげで勝つことができたよ。ありがとう」

「ああ、勝ったんだね。ふふん」


 勝ちを知ったスピララが誇らしげに鼻を鳴らした。

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