第4話 魔術道具:移動ポータル

ルナは途切れた会話をうながそうと思い、居座りを直して言った。


「それで、ここダンドルベルケンの街にはどんな秘密が隠されているのかしら」


「それについてだが、ここは目立ちすぎる。二人だけで話せる場所がいい」


ダンドルベルケンの秘密。東雲は昨夜の会話で探る行為自体に危険が伴うと語った。彼女は暗夜の一戦を、彼が終わらせた戦いを思いだしては、この青年は何者なのか探るように聞いていた。


「場所なんだが、うってつけのがあるんだ」


「電話じゃだめなの?」


「媒体を通すやり方は追跡されやすい」


「会って話すほうがいいのね」


彼は相槌を打ち、思案を伝えた。


「時間は人が静まり返る夜中、鐘の音が響いても眠りから覚めない環境がいい」


ルナは血色のよい唇をきつく結び、軽く唸った。何か不都合があると見え、それがなんであるか、言葉にせずとも東雲には理解できた。


「その場所なんだが、ダンドルベルケンの南西、旧特権地区の外れにある」


ルナはあからさまに怪訝な口調で、イスにもたれながら不満を口にした。


「あそこにいくの~?!旧特権地区って前時代の負の遺産よ?行政もしかれない、見放された地よ」


「そら、君の説明通り、うってつけじゃないか」


旧特権地区はダンドルベルケンの前身にあたる町であった。国は富豪を集め、経済的な覇者としての象徴を各国に見せつけようとした。その結果、華やかな建物、街の景観としての様式美、そして酒池肉林の宴が毎夜執り行われた。


金で買えぬものはないと、世界中に豪語し、事実買えぬものはなかった。国と富豪らは人々の妬みを余すことなく買い占め、特権地区は持たざる者たちの炎によって滅んでいった。


その反省がダンドルベルケンに活かされ、ノーストンは昨今の地位をを築いた。


ルナは不平を続けざまに語った。


「距離もあるわ。私の家からじゃ、乗り物で一時間強ってとこね(ためしたことないけど)。それにあの地区は大きすぎる。地区内は舗道された道なんてないし、その外れって、歩いていくらかかるのかしら」


「半日はくだらない(ためしたことないが)。なんせ森の中にポツンとある場所だからね」


「却下!そんなとこ却下よ」


ルナはテーブルの上に身を乗り出し、東雲をにらみつけた。彼は優雅にティーカップの縁に口をつけていた。人を踊らせたいような、挑発的なまなざしを彼女にむけた。スーツの胸元から青白い薄型のタブレットを取り出し、彼女の鼻先へかざした。


「これには魔術を仕掛けてある。指定した地点へ瞬間移動ができるようになってるんだ」


東雲は少年が得意なことを自慢するような、興奮混じりのトーンで言い聞かせた。


「こいつを使えば乗り物の酔い止め薬も、半日のウォーキングコースも全部キャンセル。最短の旅行プランってわけさ」


「……ついでにシノンのお口も乗せてあげて。でないと、最高の景色を前にHow are you?なんてことになるわ」


ルナは「先に言え」と言いかけたが、彼の屈託のない笑顔に押しとどめられた。不機嫌そうにジョークを言い、眉をひそめてた。それから、かすかに胸の鼓動がトクンと脈打つのを感じた。「変わった人」と心で呟きながら、口元には意図せずして笑みがこぼれる。


「気をつけるよ。当然、繋いでいる地点は私たちの目的地だ。ただし、こいつを使うには2つの過程がいる」


彼は相変わらずの調子で話をつづけた。


「なにかしら」


「まずは23時59分から0時に変わる一分間、これを持ち続ける。そして目は瞑っておくこと。これをしないとただの綺麗なアクリル板だ」


「ずいぶんとシビアなのね」


「これに使われる魔力の源が移動先の環境からしか受けつけなくてね。場所によってはもっと使い勝手が良くなるよ」


そのタブレットはポストカードほどの大きさであり、東雲の胸ポケットにすんなり収まる形をしていた。彼はそれを指に挟んでひらひらと振り子のように動かしている。表情には若干の苦みがあり、申し訳なさそうにしていた。


「つまり、秘密の会合は0時きっかりだ。ルナにとって不都合がなければこの案でいこう」


「確認したいことがあるわ。どこにいても、例えば地下室にいたとしても、瞬間移動ができるのよね?」


「もちろん。たとえ大貴族の娘君が住んでいる堅牢なお部屋からでも、これは使える」


ルナはまぶたを広げ、驚きをあらわにした。


「知ってたんだ、アーデル家のことを」


「由緒正しい貴族じゃないか。今の時代、なかなかいないよ」


「鞍替え上手な貴族ってだけよ。戦火に飲まれる前に、しれっと民衆側に取り入れてもらって、貴族の良心だなんだもてはやされ、お屋敷まで建ててもらっちゃってさ」


あきれたように話す彼女から卑しさは感じず、むしろ誇っているようにさえ聞こえた。


「家族が好きなんだね」


「あら?今の話のどこから、私が家族を好きだと思ったの?」


「なんとなくだよ、違うようなら謝るよ」


「違うわ、大好きなのよ」


ルナは会話を楽しんでいたが、ふと視線を空に移した。遠いところを見るようなまなざしで動きを止めた。


「今はただの没落貴族。体裁だけでもと、繕うのに必死なの。ダンドルベルケンにおっきい屋敷があるってことは誰もがなんとなく知っているわ。でも、それがアーデル家であることは知らないの。

私はそれでいいと思う。みんなもそう思っている。お母様以外は、みんなね」


東雲は彼女の横顔に惹かれていた。


(この子には意思がある。自分の内から湧き出た感情を受け入れるだけの覚悟もある。そして自分だけの世界を考える強さも)


彼女の母にとっては屋敷だけが世界だった。そう東雲は解釈し、彼女もまた彼と同じ結論を彼方の空に投げかけた。


ルナは横目でちらりと彼を見た。同じ空を眺めており、その瞳に自分と同じ輝きを見た気がした。他にも共通点を確かめようと、無遠慮に横顔を見続けた。


(鼻高いな~。耳の形もきれいだ。知的な雰囲気の割に子供っぽいところもあるし、それにあの喉。あそこだけすごく男性的だから印象に残るのよね)


などと心でつぶやいていたが、それは突如として中断されることになった。彼が不思議そうに彼女を見つめていた。少女は不意をつかれ、思考もままならぬなか、その心象だけがほほを赤く染めていく。


東雲はルナにかける言葉を探していた。彼女は目線が右往左往とし、何かを伝えようとしている。しかし、意味のある言葉はでてこず、代わりにどもり気味の間投詞を連投していた。


(母のことを考えただけでこのありさまとは……苦労してるんだろうな。しっかり者であろうと健気に振舞おうとしてるのか。でも無理はいかんな)


「ルナ。大丈夫、安心していい。ちゃんとわかってるから」


彼は手を伸ばしながら言った。それは彼女の肩にやさしく添えられた。互いの身体の一部を感じながら、青年は慈愛を、少女はときめきを抱いていた。


彼女はか細い声で「ありがとう」というや、前髪で視線を隠すようにうつむいた。

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