第68話 068 在所




「本来、他者の肉体を触媒に召喚は出来ぬ」


 それが、ミリアがカルの再蘇生を試みた理由だった。



「恐らくは…魂にはそれが在るべき次元の所属を示す"在所アドレス"がある。肉体に刻まれた、こちらの世界に在るべきを示す在所は同時にその肉体の占有を示す。すなわち肉体に刻まれた生来の在所がある限り、その肉体への召喚は出来ぬ。ヤツは、その在所を書き換えたのじゃ」


 書き換えたか?という問いはそういう事だったのだ。


「ヤツは己の在所アドレスを書き込まず、適当に上書きして在所と蘇生術式を無効にし、乗っ取ったのじゃ。確かな事はワシにも言えぬが、本来的な"在所"はただこの世界に在り、肉体に刻まれた在所はラベルに過ぎぬ」


 レノスがよく聞かれる巷説を唱える。


『蘇生術に成功失敗は無い。この世の在所アドレスが有効ならば蘇生出来る、在所を失効すれば蘇生出来ない…』


「それが正しいのかはわからん。兎に角、ワシは寺院の者に今一度、カルの肉体の蘇生を頼んだのじゃ。肉体の再構成、蘇生の術式、そして念のため…ワシがその"在所アドレス"を書き込んで、の」


 無からの肉体の再構成は寺院の最高僧でも大変らしいが、成功し、そして幸運にも…カルは生き返った。

 巷説が正しいとすれば…蘇生に失敗、つまり失効してたと思われたカルの"在所"は、無理やり書き換えられただけでまだこの世で有効だったのだ。

 蘇生術は、ミリアにもわからぬ事が多いという。


「すまぬの、リナ。成功するか否か…わからぬうちに希望は持たせたくなかったのじゃ」


 ずっと泣き通しのリナは、うう、ふうっと鳴くばかりで言葉で返せない。


 さて、とミリアは俺達の顔を見回す。


「既に伝えたが、これからはワシがお前達のパーティに参加しよう。感謝するがよい!!」


 一際大きな声に酒場中の視線が集まる。

 国の英雄の在野パーティへの参加。なかなかの衝撃的な宣言で周りがざわめくが、彼女はそうした事を気にする事は無い。


「じゃがの、条件がある」


 ミリアが示した条件は三つ。


 一つ目はミリアに敬語を使わないこと。

 リーダーはギル一人。リーダー以外に精神的な格があればパーティは失敗する、それが理由だった。


 二つ目は成長・鍛錬の方向性に、ミリアの指示を仰ぐこと。


「このままのお前達では10階を待たず全滅するであろう」


 これは願っても無い事だった。

 カルディアの魔女ミリアは本人の名声もさることながら、幾人もの高名な門弟を輩出している。

 実際リナも、その歳の割には優れた魔術師だ。


 問題は三つ目だった。


「三つ目は、カル。お前は抜けよ」


「…」


「…えっ?」


 突然の話にカルが戸惑う。

 しかし考えれば予想は出来ることだった。ミリアはリナを想ってパーティに参加するのだから。


「地下7階以降の下層までに抜け、リナを安心させよ」


 カルは珍しく、難しい顔で考え込む。


「カル。迷宮踏破じゃなくても…盗賊王は目指せるだろ」


 俺が同意し、泣き疲れた様子のリナを見る。

 リナは赤い目でカルを見つめている。


「ワシが入れば後衛は不意打ちなどにもしかと対応出来よう。じゃが…それも限界がある。すぐにとは言わん、考えておいてくれ」


「うん…わかった」


 よし、とミリアは手を叩き、


「祝杯じゃ皆の者!今日はワシの驕りじゃ!飲め!歌え!」


 と酒場中に響く声で宣言する。


「えっ…マジっすか?」

「俺らも!?」

「ひぇっ、ミリア様!?」


「バカもん!ワシはミリアではない…レノアじゃ!…条件4つ目じゃ。ワシはこれよりレノアの偽名で通す!そのままでは色々面倒での!」


 ミリアは大声で叫び麦酒を飲み干す。

 酒場中が歓声に包まれる。


「しかし…よく帰って来てくれたな、カル」

「いずれ抜ける事になっちゃったけどねえ」

「ええ、本当に、びっくりしました」

「まったく心配させやがってこの野郎…!」

「そういや聞いたよ、アニキまた裸になったんだって?」

「またってなんだ!」

「皆聞いてよ、アニキさ、俺と初めて出会った時も…」

「おおっ、なんじゃなんじゃ??」

「裸になって、床に大の字になってさあ…」

「お前っそれは言わねえ約束だろう!」



 俺達の卓は先刻さっきまでの空気が嘘のような騒ぎとなり、目を腫らしたリナがぼんやりとした面持ちでそれを見つめている。


 喧噪の中、詩人はいつもの英雄の唄を奏でていた。

 



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