第67話 067 仮面



 あれから二日後、俺達はミリアに呼び出され酒場に集っていた。

 ガイがまだ動けず、俺とギル、レノス、リナ、ジェストの5人。


「必ず集まるように」


 まだ暫く傷と心を癒したい所だが、窮地を助けられた以上断れなかった。

 何より、すぐに知らせたい重要な話が幾つかあるという。


 その一つがミリアのパーティ参加だった。


「リナを休ませたい」


 不老の賢者と言えど、迷宮探索には危険が伴う。寺院でカルの体に憑依した影の悪魔シャドーデーモンはミリアの力を軽んじ、侮っていた。迷宮の主の意に反する魔の者は、迷宮内では力も大きく制限される。

 しかし、ミリアは遂に決意したのだ。


 皆、ほぼ無言で彼女を待つ。

 週末の夕暮れの酒場、冒険者以外の客も多く賑わっている。


 カルを失った俺達はシーフを補充せねばならない。

 だが新たにメンバーを探すには心の整理が落ち着かない。

 カルとの付き合いは1年弱だったが…命を預けた仲間だった。


 週末の喧噪とは裏腹に空気が重い俺達の卓。

 ジェストが抜けた時を思い出す。


「エールを」


 そのジェストが簡潔な言葉で注文する。

 ミリアの救援は予想より早かった。

 ジェストは寺院を抜け中央広場に着くと、そのまま鐘塔を駆け昇り、服を脱ぎ捨て鐘を突いたそうだ。

 裸で号泣し鐘を突き鳴らす男。「カルが悪魔に乗っ取られた!」異常を察知し飛んできた賢者に男は叫んだ。


「聞いたか?寺院でよ…」


 寺院での出来事は当然のようにライナス中に知れ渡った。

 カルディアの魔女の、依然として衰えぬ英雄の力はやはり威名として響いたようだ。俺達が束になっても敵わなかった影の悪魔を、ものともせぬ力。

 迷宮深淵の悪魔は地上でその力は衰えるのだが、それでもその暴威で俺達を蹂躙した。しかし、俺は少しだけ…手ごたえを感じていた。

 魔剣とは本来専門の修練を積んだ戦士が扱えるもので、おいそれとものに出来るものでは無い。放心の中、無意識に【渦炎】を詠唱したしたリナは、放つ直前悪魔に通じぬ事を確信し、その魔力を俺の剣に纏わせた。本来やいばに定着しないそれは、その時どういうわけか焔の魔剣として結晶し、そして…奴の右手首を斬った。

 それを聞いたミリアは少し驚き、「それは…お前の才能やもしれぬ」と言った。


 魔剣を扱う魔剣士。東方では侍と呼ばれる彼らは剣術だけでなく、魔力の操作にも長けるという。確かエルフの剣士テミスが、かつて魔術師より魔剣士へと転向したという事を聞いた。

 本来誰しも少なからずの魔力と、それを扱う力を持っている。魔法を、己が魔力を技術として扱う…今までの俺の人生で一顧だにしなかった事。


 ───考えるまでもない。


 英雄の戦士グレインへの憧れ。

 憧れた末に選んだ冒険者という道。

 その道が、望むものと少しだけ、違った形になるとしても───。



 がらん、と酒場の入り口が開き、灰色のローブの女が入ってくる。


「待たせたの」


 目立たぬよう目深に被るミリアとその後ろに、薄茶色のローブを羽織り、仮面を被った者が続けて入る。子供か、少女か、わからぬ背丈。

 酒場が少しだけ、ざわつく。聡い者はその女がこの国の英雄であると、当然に察する。


「少し、手間取ってな」


 ミリアがそう言って俺達の卓に近づくと。

 リナが勢いよく飛び出し、仮面の者に抱き着く。

 突然の事に皆驚き、状況を把握出来ず困惑するが、程なくジェストが立ち上がり、


「おっおっ…おまええぇ…」


 と涙を流して嗚咽する。


 ───まさか。


「ははっ…参ったな。…なんでわかるの?」


 ───そんなことが。


 ジェストが抱き合う二人を上から抱きしめ、その仮面を取る。



 それはカルだった。



 俺達はミリアの顔を見る。

 魔女の表情は、俺達がいつも見慣れた得意満面の笑顔だった。





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