第65話 065 女神



「初めまして、カルディアの魔女。いや、今は救国の賢者といった風情ですな」


 悪魔は頭上のミリアへ、慇懃無礼に礼を取る。

 ミリアは構わず堂内を見渡し、状況を確認し、そうしてやっと悪魔に問う。


「貴様。?」


 ───書き換えた?


「ふふっ、さあて。…どうだっけ?」


 体から黒い翼が広がり、戦闘態勢を取った悪魔はミリアとの距離を伺う。


「必死に思い出した方がよいぞ。お前は今ここで、その命を終えるやもしれぬのだ」


『はっ、魔女よ。お前の程度はこの眼で観ていたぞ』


「…愚か者。ワシは迷宮内では"招かれざる者"として力を失う」


『くははっ…!4階で引き揚げる魔の者の地上の力、たかが知れておるわ!』


 悪魔は詠唱無しにその手にいくつか火球を作り、頭上の魔女へと放ち、戦いが始まる。

 魔女と魔人が結界内を高速で飛び回る。その軌跡を追うよう結界が火焔に満たされ、堂内に熱が籠る。

 俺達には目で追うのが精一杯だが、しかし、どちらが優位か。それは明瞭だった。

 時折止まり確認出来るミリアの、その白い法衣は灼熱の結界内で少しも焼損していない。

 魔人はその身を既に、カルではない悪魔の姿とし、必死に結界を造る小塔を狙い、その都度魔女に迎撃されていた。


 悪魔は既に逃走を図っているのだ。

 堂の石壁に打ちつけられ、蹌踉よろめき悪魔が言う。


『くっ…なぜだっ!!』


「知る必要はない。お前は今、ここで死ぬのじゃ」


 やがて、観念した表情の悪魔は、続いて笑みを浮かべる。


『…見事だ魔女殿。よもや…これ程とは。ここは私の完敗であろう。潔く引き、魔女殿が我らが深淵へと降りるその時を…待ち受けるとしよう』


 悪魔がそう述べるも十秒程、動き無く、やがて顔を曇らせる。


『ど…どういう…』


 戸惑う悪魔にミリアが告げる。


「魔法生物の創造がワシの専門でな。分霊として創る魔法生物には己の魂の在所アドレスを分け、書き沿える。貴様はその肉体を触媒に、召喚の術式により現世こちらへ顕現したのであろう。在所までは書き換えず、魂の所在を幽界あちらに残したままの。ワシはその肉体に貴様の在所を書き沿えた。故に今の貴様はほぼ完全なる形で受肉しておる。魂の所在はこちらにあり、その肉体にあり、貴様はその体からおいそれと逃れられぬ。少なくともこの結界の中ではの。…つまりは」


「その体で死ねば、貴様は完全なる死を迎える」


 悪魔が戦慄わななき魔女を睨みつける。


「ワシの大切な者達への侮辱…決して許さぬ。お前は今、ここで、粛々と死ね」


 非情な魔女の宣告に悪魔は慄き、怒り、狂おしい咆哮と共にその力を解き放つ。


『くっクソがあああああああぁぁっ!!』


 アンティノスが叫ぶ。


「かっ【核熱】っ…」


 ミリアは腕を交差し短く詠唱すると小塔の結界より僅かに小さい光の箱が造られた。


 同時に堂内が轟音と共に、激烈な光と熱で満たされる。

 が、それは魔女と魔人を包む箱の範囲に限定されていた。


「ミ…ミリアっ!!」


 光の箱は恐らく結界だ。だが、結界内のミリアは【核熱】の直撃を受けているのではないか。


「…大丈夫です」


 リナが呟く。


 やがて光が収まり、視界が開けると、ミリアはやはり法衣の損傷無く悪魔を見下ろしていた。

 呆然とする悪魔に告げる。

 

「…知らぬわけあるまい。我ら魔の者の魔法無効化を」


 蘇生術師の1人が見上げて呟く。


「救国の…英雄…」


 救国の英雄。3賢人の1人。生きる伝説───。



 魔の者であるはずの彼女のその姿は、まさに王国を守護する女神であった。





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