第64話 064 才能



「さあ、早くしないと倒れちゃうよ?」


 悪魔は三つ目の小塔を前に俺を見下ろし言う。


「うーん、やっぱり君には…無理かなあ?」


「う…ぐ…」


 俺は前身に力を込め、立ち上がろうとするが魔力の拘束を解くに至らない。堂の、石造りの冷たい床が壁のように俺を押し潰す。


「自分でもわかってるでしょ?自分の才能」


 ───煩い。


先刻さっきの二人もさぞ苦労したんじゃないかな。きみ、冒険者向いてないよ」


 ───黙れ!


 言われずともわかっている。

 俺には剣の才能がない。ミリアは皆才能が無い、迷宮踏破は無理だと言ったがガイもギルも、俺とは違う。迷宮の挑戦を決めて以来、俺は二人に食らいついていくので精一杯だった。俺には…才能が無い。それでも…!


「時間ばかりが過ぎちゃうね、シラケちゃうよ。これ壊して、花火打ち上げて待つのもいいかな?」


「や…やめ…」


 ミリアが来るまであと5分程か。

 俺達が死ぬのはいい。しかし、通りの…何も知らず祭りを楽しむ無辜の市民を…。


『…興覚めだ。あのイヌも酔狂なものよ。この程度の虫ケラに何を思う事あろうか』


「う…うう…ぐうっ…」


『10秒だ。10秒後にこれを壊し、即座に通りへ全力の【核熱】を放つ。それまでに立ち上がり、この私を楽しませよ』


「……っ…!」


「いーち、にーい…」


 英雄に憧れてきた。


 己を省みず、身を挺し、皆を守る英雄グレインに憧れてきた。

 喧噪と祭囃子の中、一際高く子供達の声が頭に響く。

 俺は今あの子達の生死を握りながら、そして床に這いつくばっている。

 己の無力に視界が滲む。


「ごー、ろーく…」


 尊敬する友が居た。

 今の俺と同等の力量でありながら、この悪魔に怯まず立ち続けた男が居た。

 あの時突いた膝の冷たさを思い出す。


「はーち…きゅーう…」


 頼む…友よ!

 もう一度…俺に力を!


 皆を守る力を貸してくれ!



「うああああああああ!!」



 声と共に、石床に縛られていた己の力が開放される。

 俺の体は弾機バネのように跳ね上がり、一足飛びに奴へと向かう。


「【渦炎】っ!」


 抜刀した刀身が燃え上がり掌に熱が伝わる。


「魔剣です!それで…ヤツを!」


 リナだ。

 愛する者を失い放心していたリナも…己と戦っていたのだ。


「おおおおお」


 上段からの袈裟斬りを躱しながら悪魔は僅かばかり距離を取る。


「ははは!立った!あはははははは!」


 返しで横にぐと大きく悪魔が退がる。


「まいったね、ソレは結構痛いんだ!あはは!」


 距離を詰め焔を纏った刃を揮う。一振りごとに炎が音を立て逆巻さかまく。

 上段、上段、下から、突き、払い、突く。

 悪魔を堂の、隅に追い詰め上からの一閃。


「まあ…」


 悪魔が視界から消え、後ろから声が。


「当たらなきゃ意味無いんだけどね」


 振り向き終わる前に俺の体は宙を舞い、入り口近くの壁に激突していた。


「……っ」


 再び床を舐めた体を動かし損傷ダメージを確認しようとするも感覚が痺れ認識出来ない。声も出ない。意識が揺らぐ。遠くで行進パレードの開始を知らせる鐘の音が鳴っている。


「あらら、まいったな」


 なんとか首と眼球を動かし悪魔の方へ向けると、ヤツは右手首を失っていた。


「やるじゃない、結構痛かったよ」


 そう言って悪魔が右手を軽く振ると、次の瞬間には手首は再生していた。


「おめでとう、見事だったよ。君達はそれぞれ一つ、これを守り通したんだ。誰にでも出来ることじゃない」


 ぱちぱちと手を叩きながら悪魔は4つ目の小塔に近づく。

 まだまだミリアが来るには時間が足りない。


「ま…まってください!」


「なんだい?ヘンな髪の人」


「あっ、貴方は何故っこんな事を…」


 レノスの問いに悪魔は少し首を傾げ、


「虫を潰すのに理由要る?」


 と答え、足を進める。

 奴にとって俺達は、あるじにたかる羽虫に過ぎぬということだ。


「お…お願いします、待って下さい。外の人達は…関係…」


『もはや言葉は要らぬ。その手で止めてみよ』


「うっうああああっ」


 リナが樫の杖を振り被り、ヤツの元へ走り出す。


「だ…ダメだっリナっ…」


 愛した者の姿をした悪魔が邪悪な笑みで待ち受ける。

 右手が変形し、刃となり、無慈悲に少女へ振り下ろされる。


「リナあああぁ!!」


 瞬間、リナの体は弾かれるように後方へと下がる。

 外に飛ばされ戻ってきたガイが、リナを庇い、退がったのだ。だが…


「あーあ、それじゃ苦しいでしょ?」


 深手を負い、ガイが無言で倒れる。


「…まあ君達は頑張ったよ」


 そして悪魔は小塔へ向き直る。


「結構楽しかったよ、あの世で誇っていい。君達は、僕を十分楽しませたんだ」


 足を進め、その元へ。


「んじゃ、お疲れさま」


 その膝を軽く曲げ、小塔を蹴り飛ばそうとした刹那。


 扉より強い風が吹き抜ける。


 その足が空を蹴る。

 悪魔はその体ごと回転し、小塔に背を向けていた。


 一瞬何が起こったか理解出来ぬ悪魔は不可解そうな表情を浮かべ、見上げる。


 「…ははっ、アンタか」


 堂の中央、中空に、傲然と見下ろす白い法衣の賢者が。



「…お前達、よくこらえた。後は任せよ」



 白い賢者は未だかつて見せた事のなかった憤怒の表情で悪魔へ告げる。




「貴様…覚悟は出来ておろうな?」





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