第62話 結界



『お前たちは何か勘違いをしているのではないか』



 悪魔はカルの体で、冥府の奥から響く深い声で宣する。


『よくもカルを、と言ったな。この者は既に死んでおった。私が手を下したわけでもない。既に用の為さぬ物を頂いただけだ』


 ───白々しい。


 こいつは確と理解している。

 命をかけ、苦楽を共にし、そして愛した───仲間の体を奪うという冒涜。

 体だけとはいえ、敵として相対するその耐え難い艱苦かんくを。


『なんだその不満そうな顔は。虫ケラごときが一丁前に、私の言に手向かうか』


 悪魔が手をかざし、"伏せ"の仕草をすると、俺達は皆目に見えぬ魔の力で床に這いつくばった。髪の長い蘇生術師がたまらずに反吐を吐く。弱き者はそれだけで窒息するという魔術。


「く…クソったれが…」


 片膝どころではない。

 迷宮初回の初遭遇時…奴にとっては、俺達はまさに虫ケラそのものだったのだ。

 奴の、その意思に一切関わらず、ただそこに居るというだけで、その場の者は勝手に混乱し心が敗北した。

 そして今も全力ではない。全力ならば俺達の首はとうに胴から離れている。


「ひぁ…ひああぁあ!」


 蘇生術師の1人が叫び、堂の扉の方へと這い出す。


『煩い』


 奴が指を弾くと極炎が生まれ、結界を通し拳大の大きさとなるも、一直線に飛んでいったそれは術師の頭に当たった瞬間爆散し、その首が消失した。


「お…おのれ…一体何のために…」


「あっはっは!教える必要あるぅ~?」


 寺院の高僧アンティノスが震えながら立ち上がり疑問を投げると、奴はカルの声に戻り高笑った。


「わかってるよ、時間を稼ぎたいんでしょ?誰を呼んだか知らないけど、ボクを外に出したくないんだ!残念だけどこの程度の結界、意味無いよ?今の見たでしょ?」


 奴の火球は結界を容易にすり抜け術師の頭を吹き飛ばした。


「威力は結構落ちるけどね。ここから全力の【核熱】放てば何人死んじゃうかなあ?」


「や…やめよっ!」


 アンティノスは手を胸に合わせ、神への祈りを詠唱する。


「無駄だってば~」


 俺は高僧の詠唱を守るため体を動かそうとするが、立ち上がれない。

 ギルは床を叩き、ガイは唸り声を上げるが、やはり立ち上がれない。


「ははっ、邪魔なんてしないよ!」


 奴は何をするでもなく高僧を傍観し、やがて詠唱が完了すると、アンティノスの正面、虚空から光の矢が現れ放たれる。高位の僧侶のみ使える神の怒りを体現した攻撃の呪文。小さいが、対象に極大の損傷を与えるものだ。

 奴はその光弾を避けるそぶりなく、あっさりと当たる。しかし、奴は全く平然としていた。


「言ったじゃん、無駄だって。知ってるよね?。ボクと君らじゃレベルが違い過ぎるんだ!」


 魔の者は須らく魔法の無効化能力を備えている。

 力と気力を使い果たした高僧は、音を立て地に伏した。


「んじゃ通りの人達に黒焦げになってもらおうか!明日の新聞、どんな見出しになるかなあ?花火は大きい方がいいな。結界も壊して…」


「あああああああ!」


 体を震わせギルが叫ぶ。辛うじて上体を起こすが立ち上がるに至らない。


「ははっ公子殿、頑張りますなあ!」


 その姿を悪魔が笑いお道化る。


 やはり知っている。


 コイツは俺達の素性を知っている。

 迷宮初回の遭遇も偶然ではない。

 城と、その中の命を生贄に迷宮を作り上げた公国の宰相さいしょうザラタンこそが、まさしくこの悪魔の、迷宮の主なのだ。


「面白いね、じゃあこうしよう。ボクは折角だからこの結界を壊したい。もし応援が来るまで破壊を阻止出来れば…君らを皆殺しにするだけで許してあげよう!」



 そして奴は結界の四隅に立つ塔の一つへと歩き出した。


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