第61話 061 惨劇



「リナァ!」


 俺はリナの手を掴み、その体をレノスの方へと投げ飛ばす。はずみで石造りの床に、髪飾りが音を立て落ちこぼれる。リナは腕を痛めたかもしれず、手荒に過ぎるが労りは状況が許さない。

 ギルとガイも、後衛を守るようその射線に入り"カルの姿をした何か"と相対する。僧兵達も後ろから"何か"を囲む。


「…どうしたの?ボクだよ?カルだよぉ?」


「貴様っ…!」


 コイツは低級の邪霊などではない。

 その言葉は明確に、高い知性と強烈な悪意でもって俺達を嘲笑あざわらっていた。


 

「あはははははははははははははははははははは」



 高笑いと共に"カルの姿をした何か"が跳ね上がる。


 次の瞬間、全ての僧兵達の首が宙に舞っていた。


「…っ」


 空間が血飛沫で満たされ、高僧は怒りと侮蔑の色で"何か"を睨む。


 「あっ…悪魔めっ!」


 叫ぶと同時に跳ね飛ばされた高僧はレノスを巻き込み部屋の扉に打ち付けられた。


 「アンティノス様っ!」


 蘇生術師達が高僧の名を叫び駆け寄る。


 「ジェスト!あのかたをっ…」


 ギルが叫び終わる前にジェストは走り出していた。

 英雄祭の行進パレードはライナスの東の門から始まり中央広場を抜け、西の門へと至る。今丁度行進が始まる時間、ここの、西の区画の寺院から東の門までジェストの足なら祭りの雑踏の中でも10分弱か。


 「えーっ、助けを呼んじゃうのぉ?ボクの力見たよねぇ?無駄無駄っ!」


 復活の儀式に臨む僧兵が駆けだしなわけもない。恐らく中級以上、つまりは俺達と同等以上の者達だ。


 それをコイツは一瞬で、全て斬殺したのだ。


 到底俺達に適う相手ではない。つまりは俺達は10分近く、なんとかコイツの気を引きミリアが来るまでの時間を稼がねばならない。

 もし、コイツが結界の外に出たならば…祭りで賑わう大通りで、極炎の高位呪文などを放つならば。


 ───それだけは阻止せねばならない!


 今この場に生きる者にその意識が共有された。

 4人の蘇生術師が神への祈りを詠唱し、魔力の障壁を張る。

 ギルが叫ぶ。


「貴様…よくもカルを…っ」


「やだなあ、だからボクがカルだってば!あはははは!」


 コイツは俺達3人の前衛の首はねなかった。

 つまりは遊んでいるのだ。仲間である俺達の、怒りと苦痛の表情かおを見たいのだ。

 だがそこに時間を稼ぐための隙がある。


 高僧がよろめき立ち上がり、悪魔に尋ねる。


「…なぜ、名前を…」


 ───高僧のミスだ。


 そう、コイツはカルの名を知っていた。

 高僧は脈を取り、一度はカルの死を確信したのだ。

 そして、カルの名を口にしてしまった。コイツはそれを聞いていたのだ。

 高僧は一見平静ではあったが、死を確信しながら蘇ったカルに僅かばかり動揺していたのだろう。名前以外でも確認する手段はあったはずだ。

 既に高僧、アンティノスも己のミスを認識してるだろうが、コイツを相手に時間を稼ぐには…只管言葉を投げるしかない。


「あはは!自分の名前知らないわけないじゃない!」


 悪魔は手を額にあて、困ったような表情で高僧に答える。

 鋭く爪が伸びたその両の手は、既に人の形を成していない。


巫山戯ふざけるのもいい加減にしろ!貴様は何者だ!」


 ガイの問いに、カルではない声と口調でいよいよ悪魔が答える。



「ふ…ヒヨコどもが一端の口を利くようになったか」



 悪魔が、その両手を広げると同時に魔力の渦が堂を満たす。



 ───この圧は!



「貴様っ…あの時の…」



 毒の籠った熱波。

 忘れもしない、肺腑を焦す凶悪な空気。


 堂の壁に、悪魔の影が焔の如き巨影となり揺らめく。



影の悪魔シャドウデーモンか…っ!」



 カルの姿をしたその魔人は、俺の叫びに邪悪な笑みを浮かべた。






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