第60話 060 蘇生



 寺院に入りその回廊を周る。


 中庭の黄色がかった初秋の樹木は気紛れの雨に濡れ、秋の匂いで回廊を満たしている。

 回廊奥の右奥から内に入り廊下を進み、扉の前に立つ。ガンス隊のダズの時と同じ堂だ。


 先頭のギルが入り、続いてリナが入ろうとするも足が止まる。毅然とした表情のその足は震えている。


「…きっと、大丈夫だ」


 僅か数秒の、長い沈黙の後にギルが、俺がついぞ言えなかった言葉をリナにかける。幾度も反芻はんすうしては留めたその短い言葉の、覚悟の重みを俺は知っている。


「…はい」


 リナはギルにそう答えると部屋へと踏み出し、皆も入る。


 堂の中では既に準備が整っていた。

 ダズの時と同じく四方に蘇生術専門の僧侶が立ち、4隅に立てられた小塔の結界、その外にはやはり数人の僧兵が立ち並ぶ。


 そして中央の祭壇にはカルの遺体が。


 回収専門のパーティにより寺院に運ばれたその体は白く、生気は無いが大きな傷も無く、眠っているようにも思える。


「立ち合いは6人ですね」


 祭壇前の位の高そうな高僧が尋ねる。


「これで全てです」


「では…始めて宜しいでしょうか」


「はい、どうか…宜しくお願いします」


 高僧はギルの言葉に頷き、4人の僧侶、僧兵達に目で確認し、ゆっくりと手を掲げて祈りの言葉を捧げる。高僧が短く祈り終わると、祭壇を囲む4人の僧侶が蘇生の呪文の詠唱を始めた。


 カルの体が光に包まれる。


「…すみません」


 ふらついたリナをレノスが支える。リナはレノスの袖を震えながら握り締め、祭壇を見つめる。


 凡そ10秒ほどか。

 カルを包む魔力の光が次第に弱まり、消えた。


 4人の僧侶が下がり、高僧がカルに歩み寄り、その脈などを取る。



 数十秒そうした所作の後、何か祈りの言葉を、聞き取れない小声で呟く。



 ───まさか。



 そして高僧はゆっくりと、こちらに振り向き、述べる。



 ───そんな。



「今、カル殿は…」



 高僧が言い淀む。



 その理由は明白だった。

 高僧は俺達の表情を視て、後ろを振り返る。


 カルはその上体を起こし、ゆっくりと周りを見回すような仕草をしていた。


「はあああっ、バカ野郎…心配させやがって…」


 ジェストが座り込む。

 しかし。


 まだだ───。


 "乗っ取り"。


 蘇生に失敗した場合、低級の邪霊が死者のその体を奪う事がある。

 周りに配置された僧兵はそのための者だ。俺達冒険者もその場合に備えて蘇生の儀式では武具を携行し戦闘態勢を持って臨む。

 大抵は高位僧侶の不死解呪ディスペル・アンデッドで方は付くし、ダズの場合もそれで終わったが…。


「お待ちください」


 高僧が駆け寄ろうとするギル達を留める。


「…貴方のお名前は?」


 高僧がぼんやりとした面持ちのカルに尋ねる。

 名前の確認、実に単純だ。


「…俺…ひょっとして」


「…死んじゃったりしてた?」


 カルの、いつもの調子に涙声でジェストが叫ぶ。


「あーもう、バカ言ってんじゃねえ!」


「あっはっは!」


 俺もようやく心弛こころゆるび、皆も安堵の表情を見せるが、


「まだです!お名前はっ!!」


 高僧が僅かに厳しさをはらんだ口調で問い質す。


「これが大事なのです!高位の悪魔ならば我々を騙す事など造作無きことなのです!」


「さあ、お名前は!」


「俺…カルだけど」


 カルの問いに高僧は4方の僧侶を見渡し、頷いた。


「はあっ、まったく…」


 呟き、祭壇に近寄ろうとするジェストをギルが制す。


「んぅ?なんだよ?」


 ジェスト以外の4人がリナを見つめる。


「ああ~、そういうことねぇ、ん-だよいつの間にっ」


 ジェストが鼻をすすりながら下がり、カルが祭壇を降りる。


「カル…」


「へへっ」


 二人が歩み寄り、抱擁するかと思われたその寸前。

 リナは足を止め、一歩下がった。




「だ…」





?」




 下がったリナを見つめるカルは微笑んでいる。




「リナ!?」


 ギルの問いにリナは答えず、頭を抱え、体を痙攣させる。



「いやっ…そんなっ…やっ…やだっ…」




 取り乱し、慄くリナを見つめるカルは




 全身の怖気と毛の逆立ちと共に俺は確信する。





 ───こいつは!!







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