第52話 052 黒の交錯
油断していたわけではない。
俺は慎重にヤツのその間合いに入った。
いや…やはり油断だったのだろう。
こいつがただ握った剣を振り回すだけの意思無き魔法生物ではなく、意思を、剣技を持つと僅かでも頭の片隅に有れば───。
決して避けようもない速さではなかったはずだ。
俺の左腕は雲間から差す月明りに照らされ宙を舞い、無造作に地面へと落下する。
「退がれザック!」
ヘスティアの指示で俺は後退し、同時にガイとヘスティアがヤツに飛び掛かる。
「おおおっ」
ヘスティアは盾ごと奴に体当たりし、その隙にギルが左腕を拾い投げる。
「ザックさんこちらへ!」
小鬼の村の、小さめの住居の狭間からレノスが誘導し、
「私も
とヘスティアに続ける。
魔法生物でも、不死生物でもない?
ではコイツは一体なんなのだというのか。
「おそらくクグツです!魔力を介し、生者の意識を憑依させるものです!」
俺の声無き疑問にリナが答える。
「なるほどな!しかしコイツは、そう上手いものでは無さそうだぞ!」
ヤツの剣を避けながらガイが叫ぶ。
そう、ヤツの剣技は大したものではない。素人がちょっと
「憑依したのは魔術師といった所か」
ギルがガイ達の逆側に回る。
創造主自身が憑依してるものかはわからぬが、コイツを今動かす者が魔術師であるならば四足獣の
「確実な事ではありませんが、憑依してる者は近くに居るかもしれません!」
「よし、セイナ!カル!憑依者を探せ!」
ヘスティアの声でカルとセイナが木を、屋根の上をとせわしなく走り回る。
「はぁっ!」
バキンという乾いた音と共にヤツの右後方の腕が弾け飛ぶ。
ガイがレノスから借りた
「上手いもんだ」
レノスの治療を受けながら緊張感に欠ける言葉が漏れる。
コイツは骨であるため、鎗や弓、剣よりも打撃が有効だ。ガイは多くの武器種の扱いに長けるため、状況への対応力が高い。
"拙い剣技の骨の怪物"
正体不明の存在であったコイツは、もはや中級冒険者である俺達の敵ではなかった。冷静に対応すれば難なく処理出来るのだ。意識がある故に、その体を上手く使いこなせていない。むしろ意思なく、その巨体で闇雲に振り回す方が危険だったかもしれない。
フェイントをかけたギルの剣で今度は左後方の手首が斬り落とされた。元から四本でもなければ四本腕など扱えるものではないだろう。
ヘスティアは正面から立ち回る。
やがて骨の怪物はその動きを止め、倒れ込み、上方から声がかかる。
「居たよ!屋根裏だ!」
集会所からカルとセイナが一匹の小鬼を連れて出る。
見るからに魔術師然としたその小鬼は、俺達を恨めし気に睨みつける。
「貴様…っ」
「待てヘスティア」
静かに怒り猛るヘスティアをギルが止める。
「…ザラタンの手の者か?」
「そっそっだ!ざらたんさまのっ、てきっ!てっきめっ!」
「ざらたんさまからもらったっコレでっ、あぁっ!▲×〇★△×っ!」
最後まで聞き取れなかったが…予想外の言葉だ。
「へえ、メイド・イン・ザラタンなんだコレ」
カルが巨骨を
「ザラタンもヤキが回ったのでしょうか?貴方程度がこのようなモノを下賜される程の存在などとは到底思えないのですが」
「こいつは…」
セイナの言葉に返そうとした瞬間、ガイが小鬼の腹を殴りつけ、小さな魔術師は気絶した。
「ガイ?なにを…」
「動いてるぞ!」
巨骨が立ち上がる。
「バカな!気を失ってるぞ!」
「他にも居るのでは…」
「皆戦闘態勢を取れ!さっきまでと同じと思うな!」
ヘスティアが叫ぶ。
巨骨はゆっくりと立ち上がり、そして、確かめるようその剣を
「こ、こいつは…」
なんという事だ。
一目見ればわかる。
コイツは剣技に長けた者だ。
いや、手練れと言って良い。
「クロ…カミィ…」
───今なんと言った?
俺を知っているのか。
まさか。
ヤツがコイツに憑依したとするならば。
「ニン…ゲンェ…シネエエェ!」
「貴様っ…ルガールかっ!!」
巨骨が走り出す。
それはまさに、獣そのものの動きだった。
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