第51話 051 奇怪な髑髏



 夜の帳が降りた北方の小鬼の村。

 不意打ちでサーンを袈裟斬りに両断したそいつは、一切の音無く出現した。


「セイナ!報告を!」


 唐突な惨劇を前に悲痛な顔のセイナに叫ぶと、セイナは素早く後方の闇に姿を消した。中級シーフである彼女ならば可能な限りの早さで広場に救援と避難を伝えるだろう。


 仲間の死を前にセイナは迷う事無く己がとるべき行動をとった。

 奴の動きを警戒しながら剣を抜く。

 今俺がやるべきはこいつを広場に行かせず、皆が来るまでここに引き留める事だ。


 月が再び、雲間から現れる。


 ───骨の魔法生物ボーンゴーレム


 巨大な頭骨ドクロの下に四足獣のからだ

 肩と腰から、やはり骨の腕が四本伸びている。



 このような奇怪な生き物はこの世に存在するはずもない。



 こいつは死体に邪霊が宿った不死生物アンデッドではなく、趣味の悪い魔術師が骨を素材として創造した魔法生物ゴーレムだ。


 そして俺は少しだけ安堵する。


 魔法生物の創造はミリアの得意とするもので、山の酒場のマスターのよう人と変わらぬ意思を持たせた創造は極めて高度で、困難なものだという。

 そうした特殊例を除き、愚鈍ながらもいささかの意思を持つ不死生物に対し、魔力により疑似生命を構築された魔法生物は創造主マスターの命令を機械的に実行するだけで、凡そ思考と呼べるものを持たないのだ。

 防御に徹し、救援が来るまでこの場に引き留めるという仕事ならばそう難しいものではないだろう。


 やがてヤツは俺を見据えて向き直り、ガシャガシャと音を立て突っ込んできた。


 横に大きく走って避け、距離を保ちながらその動きを注意深く観察する。

 その四足獣の胴体は左程速くなく、俺に向かってはくるのだが、側面に逸れた俺に反応するにはその動きは酷く頼りなく、やはり思考と呼べるものは持ち合わせてないようだ。


 ───しかし。


 人の身長ほどはある巨大な頭骨は巨人のものだろうか?

 それを支える体骨は巨馬か巨獅子か。

 四つの腕それぞれに剣を持ち、前二本は肘にあたる関節が二つある。

 巨体と合わせその長大な間合いは、ただ剣を振り回すだけでも危険極まりない。


 こんなものが、解放を祝う広場に踊り込んだならば───。


 セイナが一度広場と逆の、後方に姿を消したのは正しい判断だ。

 彼女が最短距離で広場に向かい、万一こいつがセイナを追ってそこに達せば…筆舌し難い修羅場となっただろう。


 ヤツは再び俺に向かって走り出し、俺は広場と逆の方向へと避け誘導する。

 そんな事を数度繰り返すうち、考える余裕も出来た。

 こいつは音も無く、突然サーンの前に現れた。【空間転移】か?

 いや、今はそんなことよりこいつの破壊方法だ。

 サーンがやられ、残るヘスティア隊はシーフのセイナであるので、実質的に俺達ギル隊に一人ヘスティアを加えた戦力で対処せねばならない。


 やがて誰かが走り込んでくる。


「サー…ン…」


 ヘスティアだ。


 しかし様子がおかしい。


 ライナスで名の通った女戦士、"巨山のヘスティア"は、仲間の無残な姿を前に茫然自失し、その手には武器さえ持っていなかった。


「ザック!」


 ガイが広場に置いてきた俺の盾を持って走ってきた。

 続くギルがヘスティアに向かって叫ぶ。


「ヘスティア!いけるか!?住民の避難は既に指示した!」


 指示系統はガイゼルを総指揮とし、続いてヘスティア、ギルと各リーダーにあると予め決めてあるが、ヘスティアはろくに指示もせず、ただならぬ様子でここに向かったのだろう。固まったヘスティアにギルが指示を仰ぐ。

 巨槌ハンマーを得物とするヘスティアはこの巨大な骨の怪物に対して有利であり、戦力として彼女を欠けば大きな痛手となる。率直に俺達ギル隊だけでは…対処するのは厳しい上手の魔物だ。


「ヘスティア!頼む!」


 ギルが再び叫び、やがてリナとレノスが、続いてカルとセイナがヘスティアの巨槌を二人で抱え持って来る。


ねえさん!」


「…済まない!シーフは周辺を警戒、後衛二人は建物の陰から援護、まず魔力解法を!前衛四人は距離を取りながら囲め!」


 巨槌を渡すセイナの呼びかけに、ようやく正気を戻したヘスティアからの指示が飛ぶ。

 魔力解法ディスペル・マジックとは魔力干渉を行いその活動の根源を断ち切るもので、成功すれば魔法生物はその活動を即座に停止する。不死生物に対する僧侶の不死解呪ディスペル・アンデッドと似てるが僧侶のそれ程成功率は高く無く、当然上級の魔術師である程成功率は上がる。

 故に最初にサーンがやられた事は不運だったと言える。


 ───不運…なのか?


 突然現れたこいつは真っ先にサーンを狙ったのではないか。

 仮に【空間転移】で現れたとすれば、使役する創造主は意図して魔術師であるサーンの元に送ったのではないのか。


 ヤツが狙いを定めた俺に突っ込んでくる。

 先程さっきまでと違い、こいつを破壊するにはその危険な間合いに踏み込まねばならない。

 解法ディスペルの試行が終わるまで無理する必要はないが、こいつのその動きと感覚を直に探るため、僅かに、慎重にその間に入る。


「解法効きません!これは…」


 リナの失敗報告と共にヤツが振り降ろす剣を避ける。

 大振りのその刃は速くは無いが、長大な間合いで俺の体をかすめ、地面に振り下ろされるはずだった。しかしヤツは、その刃をきり返し、おもむろに上へと跳ね上げた。



「これは魔法生物ではありません!」



 リナの叫びと共に、俺の左腕は上腕の中程から断ち斬られ、月明りの宙を舞った。



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