第50話 050 急襲


 「そういうことなら、今からでも良いだろう」


 俺達がアガンに着いたのはまだ日も暮れかけぬ内であったので、指示のあったヘスティア隊の三人は明日を待たずにダァハへ向かった。

 アガンではダァハの開放を祝って村の広場にしつらえた饗応で迎えてくれた。まだ任務中のため酒は控えるが、人との交流も多い小鬼の村の北方料理は一仕事終えた俺達の舌と腹を十分に慰労してくれた。


「しかし不思議だね、迷宮抜けるだけでこんな遠いとこ来れるのは」


 生菜サラダを挟んだ麺麭パンを口にしながらカルが言う。


 黒海北東のティザニア地方は北方にしては温暖でこの季節はなかなか過ごしやすい。

 英雄の1人、小鬼のガゼルが建国した国アッガナに隣接するこのドゥダハーの二つの村は大戦時にガゼルの部下が所領とし独立を保ち続けた経緯がある。

 黒海を挟んでライナスの対岸にあるこの地方は船でも優に5日はかかる距離だ。


「まさにライナスの迷宮の特徴だね」


 カルの言葉にサーンが答える。


「迷宮内に遠く離れた土地とを繋ぐ出入口が存在する、それがライナスの迷宮だ。ライナスを拠点とする僕らはこれに違和感を覚えにくいが、一般的には相当特異な性質を持つと言える。最もこの世には地下9階を降りると1階にループしたり、一つの巨大な回廊であったり、地下数百層に及ぶ迷宮さえ存在するらしいがね」


「数百層、聞いたことがあります。東方の、東の果てのスーアンの迷宮ですね」


 サーンの早口にリナがやはり早口で合わせる。


「そう、迷宮の構造は"主"の意思によるものが多いと言われる。であるならば、本来皇帝の陵墓であったスーアンは何が何でも盗掘を避けたいという強い意思が伺えるね。これは2千年前の古き王朝の…」


 そんなリナとサーンのやり取りを、カルが落ち着かぬ様子で見守る。

 パンが口説き始めた時ろくに反応しなかったカルだが、魔術師同士で盛り上がる会話には警戒してしまうようだ。実際リナは美男子に口説かれるよりも、古代の知識を語る同業者に興味津々の様子だ。


「ああ、大丈夫。俺はヘスティア一筋さ」


 そんなカルの様子に気付いたのか、サーンが唐突に告白する。


「俺とヘスティアは幼馴染でね。いつもその巨体で揶揄からかわれてたヘスティアが、冒険者になった。一緒になって鍛冶屋にでもならないかと言ったんだが、どうにも聞いちゃくれなくてね。だから俺は魔術師になった。今でも冒険者なんざやめて平和に暮らさないかと言うんだがね、やっぱり聞いちゃくれないんだ。」


「サーン…」


 それなりに遠く隔てた席からの、ヘスティアの静かな威圧に、おっと聞かれちまったかとサーンが口を止め中座した。


「ザック、どう思う?」


 ガイが俺に問いかける。


「…ザラタンの意思、か?」


 迷宮内に存在する出入口。それがザラタンの意思を反映したものであるならば。


 城を模したエントランス。

 遠く隔てた地に繋がる出入口。


「なんとも…言えないな」


 俺は正直な意見をガイに返す。

 迷宮の構造、ザラタンの意思。現時点では…俺には判断が付かない。

 しかし。


「俺も」


 そう言って俺は席を立ち、村の広場を離れサーンを追った。

 サーンに尋ねたくなったが、それは饗応の場に似つかわしくない込み入った話になるやもしれないと判断したのだ。



 ──────



「サーン!」


 広場からそう遠くない、真っ直ぐ村の集会所のトイレに向かったサーンにはすぐ追いつくことが出来た。


「ザックと言ったか。どうかしたかい?」


「ああ、すまないが少し尋ねたい事があるんだ、いいか?」


「もちろん。知識を求める者の、その欲求に答えるのは魔術師の本懐さ。ただ、まずはちょっとした用事を済ませてからでもいいかい?」


 そうして小用を終えた俺達は集会所の前で二人立ち話を始めた。


「ザラタンの意思か。そうだなあ、色々想定出来るが…」


 サーンはそう言って雲間から覗く月を見上げる。

 北方、ティザニアの空では月はより蒼く見える気がする。

 ごく僅かな間のはずだが、口が達者な男の沈黙はより長く感じられた。


「現状報告されている、ライナスの迷宮から繋がる出入口はある一定の範囲内に収まるんだ。すなわち、旧ザルナキア帝国領内。つまりは、ザラタンはかつてのザルナキア帝国復活を目論んでいるのやもしれない、という噂はある。ただ、あくまで噂だね。俺はあまり根拠のある説では無いとは思う」


 ───旧ザルナキア帝国復活。


 今のザルナキアは一度滅亡し、百年前の大戦を経て領土を縮小した上で王国として復興した。

 ライナスの宰相であったザラタンに、旧帝国に対し、そんな執着があるのだろうか?


「ザラタンの意思は別としても、ライナスの出入り口は軍事的に高い価値がある。今は西のデーン諸国以外の周辺国との関係は良好ではあるが、もし有事の際に、それを自由に使えれば…。」


 俺は息を飲んだ。俺の頭では考えも付かなかったことだ。

 迷宮には魔物が巣くう。加えてその狭さ、暗さから軍が通路として使う事も考えにくい。

 だが、魔物を使役する迷宮の"主"が使うとすれば───。


逆流ノックアップ、ですか」


 集会所の脇の、くらい木藪から唐突に声が。


「失礼。盗み聞きするつもりではなかったのですが、そろそろ時間なので。お邪魔でしたら遠慮しますが」


 周辺の警戒に当たっていたヘスティア隊のシーフ、セイナが現れる。

 カルと交代するため戻ってきたのだ。

 俺が構わない旨をセイナに示すと、サーンが続ける。


逆流ノックアップ、か。その可能性もあるね。だが、しかし…ザラタンはどちらかと言えば"防衛的"ではあるんだな」


 "逆流ノックアップ"とは迷宮内の魔物が地上へ溢れ出る現象を指す。

 "侵略的"な迷宮の主は迷宮を拠点とし、地上の侵略を目的とする者も少なくはない。しかし本来多くの迷宮は主を守る防御網を為すものだ。

 ライナスに迷宮が生まれ約15年、地上への干渉がほぼ皆無に等しいザラタンは己を守る事を主眼とした"防衛的"な主であると解されていた。


「どちらにせよ、今は何とも言えないかもしれないね。ザラタンは迷宮の主としてその意思、意図が掴み難い部類なんだ。兎に角…情報が少ない。その点については君達が…いやなんでもない、忘れてくれ。あまり良く答えられなくて済まないね。」


「いや、十分参考になったよ。ありがとう」


 そうして俺達は話を終えた。

 セイナが所用のため集会所に入り、俺達は広場に向かい歩き出す。

 月は薄雲に隠れ、広場の光を除いて周囲は闇に覆われている。


「逆流…旧帝国の復活…か」


 俺は少し立ち止まり、雲に隠れ見ぬ月を見上げる。

 その可能性。取り合えず俺の頭に留めておき、機を見てギル達に…。


「どうかしたかい?ザック」


 声をかけた前のサーンに俺が眼を向けた、その瞬間。


 うっすらとした巨大な影が。


「逃げろっサーン!」



 俺が叫び終えた時にはサーンの体は二つに割れ、声も立てずに地面に崩れ落ちた。



 ───っ!?


 なんだコイツは!?


 一体いつ現れた!!


「ちくしょうっ!!」


「なっ、サーンっ!?」


 集会所から飛び出たセイナも叫ぶ。



 ティザニアの、月が隠れた闇夜の下で。


 絶命したサーンの体の上で、巨大な髑髏ドクロが踊っていた。





--------------

ダァハ 黒海北東の村。ドゥダハーの飛び地。

アガン 黒海北東の村。ドゥダハーの飛び地。


ヘスティア ヘスティア隊のリーダー。2エールを超える巨体の女戦士。

サーン ヘスティア隊の魔術師。ヘスティア曰く口から先に生まれた男。

セイナ ヘスティア隊の女シーフ。

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