第53話 053 居るはずのない救い主



 黒海北東の片隅の、小鬼の村の道の脇で月の見えぬ空を見上げていた。



「ザック!良かった!」


 カルが叫び駆け寄る。


「ギルは無事だよ!ガイも…」


 俺が聞きたい事を、口を開く前にカルが伝える。


「無事…なのか?ほ…本当か!?」


 にわかに信じられぬ言葉に俺は聞き返す。


「うん…彼が助けてくれたんだ」


 カルの視線の先には仰向けに倒れたギルと、見覚えのある姿の僧侶が居た。

 僧侶はギルを治療し、レノスはそのすぐ傍のガイを診ている。ギルの意識は無いようだがガイはしきりにすまない、ありがとうと感謝の言葉を述べている。


「俺達は、なんとか無事だ。リナも、レノスも。ただ、やっぱりあの人は…」


 そう言って動かした目線の先には無残な姿のサーンと、うずくまり慟哭するヘスティアが居た。

 そして、その傍には粉々になった巨骨の残骸が。


 俺は状況をより深く確認すべく上体を起こす。


「ぐっ…」


「まだ無理しちゃダメだって!ザックの傷も浅くないんだ」


「すまない…全く敵わなかった」


「そんな事言わないでよザック、俺達は、レノスもリナも傷一つ無い。無事なんだ!」


「…」


 カルの慰めに俺は返せず押し黙る。

 俺達は、なんとか巨骨に憑依したルガールを撃退した。

 しかし。

 ヘスティアが居なければ全滅していたし、が居なければギルも確実に死んでいただろう。


「ギルが目覚めたみたい。ザックはまだ休んでて、絶対無理しちゃダメだよ!」


 そう言ってカルはギル達に駆け寄る。

 道の中央ではリナがしゃがんで集中している。奇襲に備え魔力探知を行ってるのだろう。

 セイナは周囲を警戒してるのか姿が見えない。


 あの時…。

 巨骨に憑依し突進してきたルガールは勢いそのまま巨剣を揮い、ギルの右腕を、肩から断ち切った。肺まで達するその傷は確実に致命に至るはずだった。


「そうか…助かったのか…」


 空を見上げ呟く。

 助かったのだ。ギルは、なんとか助かったのだ。


「ご機嫌はいかがでしょうか?」


 俺達を助けてくれた僧侶…ガイゼル隊のパンが俺に歩み寄り声をかける。


「助かったよ、本当にありがとう」


「いえいえ。…その言葉は一度だけにしてくださいね?あちらのガイさんに、もう、それはもう幾度となく」


「ガイは、ギルの従者なんだ。主の命だ。だから…」


 俺は二度目の感謝の言葉を押し殺し苦笑いで返す。


「本当に、あの傷を治したんだな」


「ええ、まあ。一応僧侶として全修得マスターしてますので」


 テミスの腕は確かだという言葉を思いだす。


「ヤツが一瞬動きを止めたのもアンタか?」


「ですね」


 ギルに致命傷を与えたルガールはすぐには追撃せず、己の剣を見つめ、苦々しく雄叫びをあげた。

 範囲リーチの優位はあれど、肘関節が二つの腕で揮う不慣れな剣は剣士として満足のいくものではなかったのだろう。ルガールは剣を投げ捨て、巨体での体当たりという原始的な手段を選択した。それでも俺とガイは瞬時に跳ね飛ばされ戦闘力を失い、一人ヘスティアのみが残った。

 朦朧とする中、最後に俺の目に映ったものは、ヘスティアに襲い掛かるルガールが一瞬動きを止め、それを見逃さなかった彼女の巨槌ハンマーがヤツの胸骨を粉砕した姿だった。


「…ヘスティアとアンタが居なければ、俺達は全滅していた」


「はい」


「中級にはなったが…俺達ギル隊の力はまだまだだ。今回の任務だって、アンタ達とは差がある、オマケの参加みたいなもんだった」


「ですね」


 はっきり切り捨てる熟達者マスターの返しは静かで冷たく、しかし、妙に心地良かった。


「ところでアンタ、なんでここに居るんだ?」


 ガイゼル隊の僧侶であるパンはこちらのアガンではなく、ダァハに居るはずだ。


「そうですね、こちらの女性陣に夜這よばいに来たのですが。さすがにそれどころじゃないようで」


「…それ、もう皆に言ったのか?」


「いえ、まだ」


「そうか。もう一度だけ言わせてくれ。ありがとう、アンタには本当に助けられた」


 感謝の言葉に続き、居るはずの無い僧侶がここに居る理由は伏せておくよう強く伝えると、整った顔立ちの救い主は「よくわかりませんが、ではそうしましょう」と微笑んだ。






--------------

ダァハ 黒海北東の村。ドゥダハーの飛び地。

アガン 黒海北東の村。ドゥダハーの飛び地。


ヘスティア ヘスティア隊のリーダー。2エールを超える巨体の女戦士。

サーン ヘスティア隊の魔術師。ヘスティア曰く口から先に生まれた男。

セイナ ヘスティア隊の女シーフ。

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