第43話 043 資材置き場の片隅で



「無理じゃろうな、万に一つも無い」



 港町の路地裏の、資材置き場の片隅で。

 俺達がザラタン打倒を果たせる可能性を尋ねた俺に、ミリアはそう直言した。


「万に一つも、ですか」


「万に一つも、じゃ」


 ミリアは続ける。


「…そうじゃな。例えば、迷宮最深部。救国の英雄が6人で組み、それで歩ける程度じゃ。」



「残念ながらお前達に救国の12人程の才能は無い。」



 それは、そうだろう。

 迷宮最深部にはあの影の悪魔シャドゥデーモンや、同等の者どもが数限りなくうごめいているのだ。


 俺達は影の悪魔に対し戦うこともなく、それも、奴が去った後に敗走を余儀なくされた。直後に迷宮は封鎖されたがあのまま迷宮が開放され続けていても、再突入するには精神的なダメージの回復に1週間は要しただろう。


 ルガールに対してはそこまでではなかった。ガイの負傷が重かったため1週間休養したが、仮にガイが無傷ならば次の日には3階を目指し迷宮に潜ってただろう。


 迷宮深部の魔物とルガールでさえそれだけの差がある。

 だがそのルガールに、俺は首をねられるとこだったのだ。



 ミリアは言う。その長い人生の中で幾人かの孤児を引き取り育て、何十人もの弟子を取ったと。

 リナの事は本当に心から愛し、気にかけて、心配している。

 しかし愛する身内が危険な冒険者になると言う時、ミリアは出来る限りその意思を尊重した。反対はしたが、リナが半ば家出同然で飛び出した時、連れ戻しはしなかった。

 その人生において結局は、本人の意思を尊重するべきだったとの後悔が多かったからだという。


「ワシはお前達を止めん」


「無謀な滅びの美学などワシは認めん、じゃが」

「強き意思を持ってなお、不可能に挑むというのであればワシは止めん。その意思こそが人が人であり、生きている証じゃとワシは思うからの」


「じゃからの」

「もしその意思が、わずかでも揺らぐのであれば止めておけ」



 ミリアは俺達がルガールに敗走したあの時、俺達の才能と力量を把握しただろう。

 そして、可能性が万に一つも無いと言うのであれば俺達を止めているようではあるが、聞かれぬうち忠告するのは差し出がましく、黙っていたのだ。俺達の意思を、尊重して。


 俺の顔を真っ直ぐに見つめるミリアの表情からは感情が読み取れない。


「それでも、俺は。いや、俺達は…」


 祭囃子に海鳥が、その拍子に合わせるよう鳴いた。


「ワシが加われば…万に一はあるやもしれぬが」


「すまぬがワシは無駄に死ぬ気は無い」


 ミリアはライナス公と親交はあったが、それだけで国の英雄を危険な迷宮探索に向かわせるわけにはいかない。

 迷宮はライナス公の…ザラタンという魔物を産んだ、旧ライナス公爵家だけが負うべき罪なのだ。



「9階じゃな」


「…9階?」



「ワシは無駄に死ぬ気は無い。もし、お前達が自力で9階に到達する力量があるならば…」


「その時は、ワシが力を貸そう。」


「じゃが、お前達が9階に到達する可能性は2割程じゃ。それでも目指すか?」


 俺はミリアを見つめ、己の意思をぶつける。



「目指します」



「俺達はザラタンを打倒するため、迷宮深層を目指します!」



「そうか」



 ミリアはそう言って、強く俺を抱きしめた。


 ミリアの顔は、俺からは見えなかったが、どんな表情かおをしてただろうか。

 きっと俺は、顔を染めてただろう。


 空は茜が差し始め、祭囃子はいつしか止まっていた。



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