第42話 042 祭囃子


 ダズが死んだ翌日、俺は家で1人考えていた。



 ───仮にリナが死んでいたならば。


 ガンス達は運が悪かった。愛する者を失い、取り乱すラキを思い出す。


 ───カルは俺を恨んだだろうか。


 通路でゼスの言葉が頭によぎらなければ。

 ルガールの跳躍を許していれば、リナは死んでいただろう。


 たまたま俺がゼスと出会い、交流を持ち、幸運にもその言葉を思い出した。

 俺達は、運が良かったのだ。


 ルガールに出会うまで、迷宮探索はそれなりに順調だった。だから俺は迷宮の恐ろしさを忘れていたのかもしれない。しかし運が悪ければいつ突然、明日にでも死んでおかしくないのだ。


 それでも俺達は最初から覚悟はしている。前衛の3人は。

 だが、後衛のメンバーは。


 ギル隊は俺とギル、ガイが中心となって結成したパーティだ。

 最初から、明確な目標としてザラタン打倒を目指している。

 抜けるリナやジェストも知った上で参加したし、レノスやカルも承知はしている。


 だが後衛の皆は俺達と違い、そもそもがザラタンとは一切なんら関係無いのだ。


 ───よそう。


 俺は考えるのをやめた。

 冒険者である以上、深層に潜らずとも常に命を落とす覚悟はしてるはずだ。こうした考えは後衛の皆に対する侮辱かもしれない。

 俺は気晴らしに街に出る事にした。



 家を出て少し歩くと明後日から始まる夏の英雄祭の囃子はやしが聞こえてきた。子供達が練習してるのだ。

 救国の12人を称え祝う英雄祭は夏と秋に行われる。秋の2日間の大祭と比べ夏の開放祭は規模は小さいが3日間続く。出店が開かれ街は陽気な空気に包まれる。

 黒海で採れる巻貝を使った笛、カッフェはライナスの伝統工芸の一つだ。開放祭では子供達がカッフェを吹きながら出店を周る。上手く吹けた子には売り物や菓子を渡すのが慣わしだ。カッフェを吹くには中々のコツが要るが、ライナスで生まれ育った子供は幼い頃からカッフェに熟達する。


 夏祭り直前の街はカッフェを練習する子供達の囃子で包まれる。

 迷宮以外観光地に乏しいライナスだが、この数日間は早めに訪れた観光客が一足先に祭りの気分を味わう。


 街を歩いていると、俺は唐突に子供の頃を思い出し笑ってしまった。ギルは大抵のことはそつなく、並以上にこなせるが、カッフェだけはどうにも苦手だったのだ。

 それなりに吹けるガイと俺はギルに"戦利品"を分けようとするが、生真面目なギルはいつも頑なに断っていた。仕方がないので俺達は陽が落ちた頃、港に行きイカ釣りをやった。角灯ランタン被布カバーで指向性を持たせ夜のくらい海を照らす。夏の斑点烏賊まだらいかは光に惹かれる習性があるので集まってきたそれを網で引っ掛けるのだ。

 祭り囃子が聞こえる中、港の堤防の先で出店の灯に包まれる街を眺めながらあぶりイカを食べる。それが俺達3人の夏だった。



 ギルが死んだら。


 ガイが死んだら。


 俺が死んだら、ギルとガイは。


 迷宮に挑戦すると決めた時、覚悟はしていたはずだ。

 冒険者の覚悟を忘れ、恋人を失い取り乱すラキの姿が脳裏に浮かぶ。


 俺達にも十分あり得る未来だ。

 気晴らしに街に出たはずだったが、とっくに決めていたはずの覚悟に、薄ぼんやりとした揺らぎを感じながら囃子が鳴り響く街を歩く。


 路地裏に入ったその時、不意に肩を叩かれた。


 振り返り見ると、目立たぬよう灰色のローブを目深まぶかに被った女性が立っていた。

 いや、女は地面に足を付けず、わずかに浮かんでいる。


「えらく落ちこんどるようじゃの」


 ミリアだ。


 秋の大祭では12英雄を模した像を神輿みこしに担ぎ、街の大通りを行進する。今は亡き英雄達の中でただ1人、今を生きる彼女は自身が行進に参加するため、ライナスで彼女の顔を知らぬ者は居ない。

 唐突に祭囃子が聞きたくなり、お忍びで来たと言う。


「悩み事があるなら聞いてやらんでもないぞ」

「無理に詮索は、せぬがの」


 初夏の風に囃子音が乗り、海鳥も鳴いている。

 俺は思い切って昨日起こった事を。

 そして、当然彼女も知っている俺達の目的と、その可能性について打ち明けた。

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