第32話 032 魔女の記憶


 ミリアの申し出で今日は泊まる事になり、俺達は別室で休んだ後、夕食にきょうされた。

 案山子かかしが酒や料理を持ってくるが、カルはそれらより案山子の数に目を輝かせる。そんなカルの様子に気付いたミリアが手を叩き、更に案山子が現れ、案山子達によるダンスが始まった。すげえすげえ、そうじゃろう、凄いじゃろう、とミリアも得意満面の笑顔を見せる。どうやら素直なカルを気に入ったようで、カルとリナの先行きに不安は無さそうだ。


 夕食後、それぞれに部屋をあてがわれた。

 部屋も実に掃除が行き届いている。きっと案山子がやってくれるのだろう。

 冒険者として活動してると普段から目にするため気付き難くいが、魔法とは本当に凄いものだと実感する。これ程高度なものだと、本来カルのような態度になるのが普通の感覚なのだろう。

 そう感心しつつも、歩き続けた疲れがあったからなのか、ベッドに横たわると俺はすぐに眠りに就いた。



 俺はふと、夜中に目が覚める。


 部屋の扉を開け廊下を見遣みやるが夜明けは遠そうだ。

 廊下の先にホールの窓から刺す月明りが見え、俺は誘われるように歩く。


「どうしたザック、寝付けぬのか?」


 ホールには一人、ミリアがグラスをあおっていた。

 彼女はホールを広く、淡く照らす、その月を見ていた。


「よく覚えてましたね」


「伊達に3賢人と呼ばれておらぬ!」


 ミリアは得意満面に微笑む。

 そして月を眺めながら、少し物憂ものうげな表情で言う。


「心から礼を言う、あの娘は本当に立派になって帰ってきおった」

「リナの手紙には…これ以上お前達の力になれぬ辛さ、お前達への思いがつづられておったよ」


「リナが抜けるのは残念です、若いが卒の無い、良い魔術師だ」


 ミリアはテーブルの高さ程に手をかざし、その目を細めて言う。


「あの娘を拾った時は、まだこれくらいじゃった」


 西方の国、辺境の戦で焼け果てた街。その片隅で一人うずくまっていたという。

 その状況でリナは、偶然所用で通りかかった空に浮かぶミリアを観て走り出し、


「どうやって飛んでるんですか!?」


 と叫んだそうだ。



「知識はの、記憶は、いずれ消える」



 そう語るミリアは寂しそうに見える。


「好奇心こそが魔術師の最大の原動力、最も必要なものなのじゃ」


 ───記憶。

 数百年とも数千年とも言われる、彼女が実際どれ程生きているのか気になったが、やはり女性に歳を聞くのははばかられた。人にとって不死に近い年月を生きるのであれば、失いたくなくとも失われてゆく記憶もあるのではないか。


「俺は覚えてますよ」

「貴方の記憶が、俺を突き動かし、今の俺がある」


 テーブルの高さに手をかざす。


「あの時の俺もこれくらいの、小さな小さなガキだった」


 記憶は呪いにも、祝福にもなる。

 忘れられぬ記憶。


 俺と、ギルとガイがギルの親父にこっぴどく叱られ、彼女のライナス郊外の別荘に逃げ込んだあの日の記憶。その道中はガキだった俺達にとってまさしく冒険だった。そんな俺達をミリアはやはりこっぴどく叱り、結局一晩泊めてくれたのだ。

 そして寝物語に聖王ファシウスと救国の12人の、決して忘れられぬ"本物の冒険譚"を聞かせてくれた。



 バルナ山の雲の上に住む、天候をも操る"雲の巨人"との謁見えっけん

 北の果ての、忘れられた古代の都への旅路。

 数万年を生きると言われる神に等しき"真龍"との邂逅かいこう

 たった12人で決行した、王都奪還戦…。

 それは一人の悪ガキを、英雄に憧れる少年に変えるのに十分だった。



「あの夜の月の輝きを、俺は今も覚えている」


「ほんの気まぐれだったんじゃが、こういうのは回るもんじゃの」


「そんなお前達が今、ワシの娘に良くしてくれておるのじゃ」


 そう言ってミリアは笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る