第33話 033 出立


「オハヨーゴザイマス」


 カルディアの山奥の、魔女の館の朝らしく魔法の案山子かかしの挨拶で目が覚める。


「アサゴハンドゾドゾ」


 夜にミリアと話し込んだため少し寝不足の俺は気怠けだるい体を起こし部屋を出ると、既に皆は集まっていた。


 ギルが度重なる饗応きょうおうの礼をうやうやしく述べると、


「メンバーの家で、そこまで畏まることはなかろう」


 とミリアは笑った。



 出立時、護符アミュレットを渡された。

 この護符は特段魔力が込められているというわけでもなく、持つ物に決して害を与えるなと獣人達に知らしめているらしい。それで獣人が素直に聞くのか不思議に思ったが、


「害を為した者はこのワシがメッチャクチャのけちょんけちょんにする!と言うておる」


 とのことだ。ミリアの力自体も勿論恐ろしいだろうが、獣人にとっては酒場といった集団コミュニティから排除されるのも嫌なのだろう。迷宮内の店についても聞いてみたがそこはオーナーが違うので「知らん!」らしい。


 空を見ると今日は快晴で、雲の欠片かけら一つも無い。


 玄関まで見送るミリアが


「リナ!来い!」


 と叫び大手を広げた。


 旅立つ別れに来い!は無いだろうと思うが、ミリアは満面の笑みでリナの顔を直視して待つ。リナは少し躊躇ためらうが、門に入った時と同じく微笑むカルに背中を押され、その胸に飛び込む。


「ママ…」


「馬鹿者、二人でない時は師匠と呼べとあれ程言ったじゃろう」


 そう叱るミリアの顔は子の旅立ちを見送る母の顔をしていた。



「では皆、そこに固まれ」


「?」


 ミリアに言われるままに皆で寄り、彼女が手をかざした瞬間、


 俺達は迷宮入り口の丘の上に立っていた。


「は?」

「おおお??」


「あ、師匠の【空間転移】の魔法です」


 あの魔女には驚かされてばかりだ。

 高位魔法でこうしたものがあるのは聞いてはいるが、呪文の詠唱無しで、一瞬で行うとは。それにしても、もう少し演出があっても良い気がする。それほどの一瞬だった。


「凄いな…」


「いや、はや」


「しかしこれでは、泊まる必要は無かったのでは?」


「楽しかったじゃん!リナも久々にゆっくり出来たし!」


 ガイの無粋ぶすいな感想にカルが突っ込む。


 しかし俺も、「あの日も無理に泊める必要は無かったのだ」と気づき、笑いをこらえる。そんな俺を皆不思議そうに見つめていた。

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