第31話 031 里帰り


 ザルナキア王国の勃興ぼっこうは500年前に遡る。

 セレネ海東部の都市国家に発するザルナキアは東部都市群の盟主として頭角を現しやがて帝政に移行、最盛期には黒海沿岸・セレネ海東部の大半を有する大帝国となった。現在は黒海南部・セレネ海北東部の範囲に領土は縮小したが依然としてこの大陸東の大国として君臨する。


 そのザルナキアは100年前に一度滅んでいる。


 今より凡そ100年前、後に聖王となる皇子ファシウスは継承争いにより東方の大国マルデュク朝に通じた叔父により辺境へと追放される。程なく皇位に就いた叔父はマルデュクの裏切りに合い首都は陥落、ザルナキアの地方軍閥とマルデュク、人と亜人・獣人が入り乱れて相争う混迷の時代となった。

 その折、遥かカルディア北西の辺境に追放されていたファシウスは黒海北西部から南東部にかけ大遠征を敢行、その旅で多くの者の助けを得た彼はやがて首都ザナを奪還、マルデュクとの決戦にも勝利を収め見事ザルナキアを王国として再興した。


 聖王とその時従った8人の英雄、3人の賢者の12人をザルナキアでは救国の英雄と呼びとうとんでいる。かつてのライナス公爵家も八英雄の1人を出した家柄だ。カルディアの魔女、ミリアは今を生きる、その最後の1人なのだ。



「う”ぅ」


 リナは決しておびえるというわけでなく、気恥ずかしいといった面持ちだ。

 そこから義母ははの人柄が伺える。


「お前は世界を観てみたいと言って家を出、見事冒険者としてここを訪れたのだ。何が恥ずかしいことあろう、胸を張らんか」


「ほれ、己の家の前で客人を待たせる奴があるかえ、己が案内せい」


 館の主の言葉を聞き、リナは一度深く深呼吸をし、「はい、師匠!」と叫び、そして前に進み玄関の扉を開けた。


 中に入ると、吹き抜けのホールが広がっていた。

 古風で、それでいて気品のある階段の手摺てすり意匠デザインや調度品がおもむき深い。


 「リナ!」


 空中から声がする。

 ホールを見上げると、高い露出の衣をまとった美しい女が虚空に浮かんでいた。


 女は凄まじい勢いで急降下し、リナをさらうように抱き付き、勢いそのまま二人で床をゴロゴロと転げ回る。女は蟹挟かにばさみでリナを頑強に固定し、うおお、うおおとわめきながらに只管ひたすらキスをする。


「……」


 レノスとカルが呆気に取られている。

 リナは赤面して硬直している。

 これは、感動の再会と言っていいのだろうか。


 一しきり抱擁した後、女は立ち上がり、打って変わって毅然きぜんとした表情で言う。


「失礼した」


「娘が世話になっておる。ワシがこの義母はは、カルディアの魔女ミリアじゃ」


 魔女と面識のあるギルが進み出て言う。


「お久しぶりでございます、ミリアさ」

「久しぶりじゃのうギル坊!!」


 ミリアはギルの言葉に被せて叫ぶと同時に指を弾き、額を撃ち抜かれたギルが吹き飛ぶ。


「ギル様!」


 まるで大道芸人の演目のように転げて壁にぶつかり止まったギルにガイが駆け寄る。


 変わってない。

 俺も幼少時に、彼女に会った事がある。

 あの時からこの救国の魔女は、何一つ変わっていない。


「おう黒髪の、大きうなったのう、ザックと言ったか?」


 これには驚いた。十数年前まだ子供だった頃に、ギルのオマケの友達として一度だけ会った俺を覚えているのか。


「さあ、来やれ」


 そして俺達は応接室に通された。


 ミリアはまず俺達がリナとパーティを組んでる事に対する礼と、抜けるまでの短い間ではあるが愛娘を宜しく頼む、と慇懃いんぎんに述べた。そして続ける。


「済まぬがワシは代わりにはなれぬ」


 リナはダメ元で彼女に代わりのメンバーとして入って欲しいとの旨の手紙を送っていたらしい。レノスの予想は当たっていたのだ。リナは断りの手紙を受け、少しバツが悪かったようだ。


「いえ、貴方様のお手をわずらわせるわけには参りません」


 救国の12人の約半数は"人"ではない。


 "人"、それも親族に裏切られた聖王は亜人・獣人に人と変わらず分け隔てなく接し、その多くの助けを得た。西方の国々とは違い、ザルナキアはその歴史的経緯から亜人・獣人への理解が比較的あり、英雄の1人・小鬼こおにのガゼルが建国した黒海北東の先の国と同盟さえ結んでいる。


 生きる伝説と称されるミリアは、永遠の命を持つと言われる不老の魔の者だ。


 だが不老の英雄とは言え彼女は決して不死でも無敵でもない。亜人・獣人や魔の眷属けんぞくは迷宮の"主"の力によりその力は増すが、"主"に"招かれざる者"は逆にその力は抑えられる。

 ミリアが協力してくれれば俺達の目的、ザラタン打倒の現実味が増す。しかし如何に救国の英雄と言えど、いや、国と民からの崇敬すうけいを受ける英雄だからこそ、私的な理由で危険な迷宮探索を頼むわけにはいかない。


 俺達が護符の試練について聞くと、


「問題無い、ここに辿り着くまでが試練じゃ」


 聞けば、酒場に入らねばその道は幾度も酒場に至るという。酒場のマスターに認められた者達のみが館の門に至ることができ、護符を渡してるそうだ。

 俺は酒場での亜人・獣人達の無関心な態度と、その時は社交辞令と思ったジャックの別れの言葉を思い出す。


「悪用されるからの」


 なるほど。酒場でさえ獣人といさかいを起こす者などに護符は渡せないということだ。

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