第29話 029 山の酒場


 地下2階の探索は1階に比べ遥かに時間がかかっていた。

 街で売ってる地図は安いが、今後の演習のため買わずに自分達で一から記録しているからだ。


「光だ」


 狭い一本道の通路の先にあるまばゆい光。

 先日の老小鬼ゴブリンの店とは明らかに違う白い輝き。

 地図は買ってはいないがこの北西の一角にあるという情報は得ていたので、あれがカルディア山脈に通じる出入口で間違い無いだろう。


 光の先、外は奥深い山奥だった。


 霧がかかった山が連なり人の手の及ばぬはずのこの領域に、迷宮の出口から道が続いている。整備されてはいないが獣道という程でもない。


「行くか」


 目指すは"魔術師の館"だ。


 館の主に認められれば、2階の獣人ライカンスロープ達を寄せ付けぬ"護符アミュレット"を得られるという。本気で深層の踏破を目指す俺達は実力的に2階を楽に歩けるようになったとしても、わずかでも道中が楽になるこうした護符は是非とも欲しい。



「どんな試練なんだろうねえ」


 館への道中自体がその試練だという。

 俺達は小鳥がさえずる朝霧の山道を進む。


「長くかかりそうだな」


 先の見えぬ道に、ギルが呟く。

 距離自体も遠いと聞いていたので今日は朝早く迷宮に入った。

 それでも1日で到達するのは難しいと聞いている。

 しかし、試練自体はそう困難なものでもないとも聞いている。


 2時間程歩いた先に、酒場があった。人里離れた山奥に、実に奇妙にも、ポツンと建っている。

 『山の酒場』と看板にある。シンプルな名前だ。

 この店のオーナーは館の主で獣人・亜人デミヒューマンを客にしており、やはりここでも『下手な真似はするな』という通念がある。


 先日の老小鬼の店のこともあったので皆の中で入るという暗黙の了解が生まれていた。ギルが皆の顔を見て、頷き、


「行くぞ」


 と気合を入れるように声を出し、俺達は入る。


 中は盛況だった。亜人と、人の姿をした獣人が朝から酒を飲んでいる。後から聞いたが獣人は多く夜行性のため、今が彼らにとっての夕方らしい。

 ギルがマスターに今から試練に向かうので、とチップをはずんで水を頼む。恐らくまだ先は長い。俺達は隅のテーブルに座る。何か因縁でも付けられそうな状況だが、他の客は特に俺達に興味を示さないようだ。


 しばしの休憩の後、俺は意を決してカウンターに向かった。店に入った時に気付いていたが、知ってる男がそこに座ってるからだ。男もこちらを一瞥いちべつしたので俺達が入ってきた事を知っている。


「よう、横、いいか?」


 俺が一人で座って飲んでる男にそう言って座ると、男はふっと笑う。


 その狼人である男の名はジャックと言う。


 迷宮の獣人は好戦的だ。"主"の魔力により獣人は力が増す。獣人にとっても迷宮は冒険者達と戦い名を上げる場として通ってるらしい。ジャックも己の力を試すため遠い故郷を離れてここに流れてきたそうだ。

 俺達と遭遇した時、狼人にしては珍しく複数人でゴタゴタしてたという理由を聞いてみると、何か照れくさそうにして、ジャックは言葉を濁した。ひょっとすると本当に結婚式だったのかもしれない。


「しかし、こうして話すと戦いにくくなっちまうな」


 俺がそう言うと、


「何言ってやがる、もう2回は戦ってるぜ」


 さすがに驚いた。ジャックが言うには10日程前に俺の脇腹をえぐった奴がジャックであり、4日前に俺が腕を切り落とした奴も、そうだと言う。いずれも決着がつく前にジャックは逃走していた。


「お前かよ…死ぬとこだったぜ?」


「"迷宮"で甘えた事言ってんなよ」


 俺達が爆笑してると、もう行くよ?とカルが出口から声をかける。


「まあ、これが最後だ」

「俺は近くライナスここを離れるし、お前らは、きっと護符を手に出来る」


「そうか、ありがとう。じゃあな」


 俺がそう別れを告げると、ジャックは無言で背を向けたまま手を振った。

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