第28話 028 迷宮の店


 多くの迷宮は6階、もしくは10階層であることが知られている。


 ライナスも例に漏れず10の階層となってるらしい。推測であるのは勿論、10階を踏破した者が未だ存在しないからだ。

 階数以外では、ライナスは迷宮の中でも珍しい構造らしく、エントランスもそうだが2階には"出入口"が存在する。その先は丘ではなく、遠く空間を隔てたカルディア山脈に繋がってるそうだ。

 この階に獣人が多いのは連中がそこから出入りしているためと言われている。



「光だ」


 2階を探索中、通路の先にある光を発見する。


「例の出入り口か?」


 俺達は慎重に歩みを進めるが、光の加減、大きさからすぐに出入口ではないことはわかった。出入口にしては光は淡い。近づくにつれ、次第にそれが迷宮には不釣り合いな、年季の入った看板と、その脇に吊り下げてるすすけた角灯ランタンのものだと認識した。


『バ・ナハの商店』


 何かしらミミズがのたくった文字らしき文様の下に、小さく、辛うじてそう読める文字がある。

 迷宮内に小鬼ゴブリンが経営する"店"が点在することは知っていた。主に亜人・獣人向けのものだが冒険者をも相手にしてくれるらしい。


「入ってみるか?」


 ギルの問いかけに皆難しい顔をする。


「入ろう」


 俺が言う。何事も経験だ。

 積極的に反対する者も居ないため、ギルが「よし」とうなずき、入ることになった。


「絶対に、絶対にバカな真似はするなよ」


 ギルがそう釘を刺し、皆が頷く。


 ガギギイィ、というなんとも言えぬ音と共に店の扉を開き、入る。

 店内は意外に広く、明るく感じる。こまめな掃除が行き届いてるのか埃も少なく、外とは別の世界だ。


「あ”~らっじゃい”」


 奥からなまりなのか、老齢からかわからぬ喋りの、店主らしき老いた小鬼が出てきた。


「ひぇ~ほんとに喋るんだね」


 小鬼が人の言葉を話すのを初めて見たのか、カルがリナに小声で耳打ちする。店主はそれを聞き二人をじろりと見遣る。耳は未だ良いようだ。カルは「ごめんなさい」と素直に謝る。


 小鬼や小型の獣人が主な客なのか、小さめの剣や皮鎧が多く並んでいる。奴らにとっての小剣が、短剣として使えなくもなさそうだ。


 ガギギイィ


 入り口のドアが開き、一人の男が入ってくる。その姿は開襟シャツ脚衣ズボン長靴ブーツと、街に居る一般市民のそれだ。この迷宮で、そんな姿で一人出歩ける異様さから、皆、一目で獣人ライカンスロープだと理解した。


 緊張が走る。男は俺達の顔を見て少しだけ目を大きくし、腰にあるものを一瞥いちべつすると、


「ここじゃそういうのはナシだぜ」


 と言った。


 ───この声は。 


「その節はどうも」


 男は俺達に軽い挨拶をし、店主に毒消しの薬を頼む。店主は棚から幾つかの瓶を降ろして並べた。

 獣人は独自の言語を持たないため、俺達に理解出来る言葉で店主と少し世間話をした後、


「ゴタゴタしてたんでな、そちらが引いてくれて助かった」


 と言ってニヤリと笑い、瓶を二つ持って店を出た。


 俺達も店を出ようとすると店主は


「ひやがしで済ます気が?棚に上げるのは手間だ、持っでげ」


 と言うので俺達も残りの二つを買う。毒消しは幾つあっても困らないし、先の男に売るため降ろしたものならば鑑定の必要も無いだろう。


──────────


「やっぱ結婚式だったんじゃない?」


鼠人ワーラットじゃあるまいし」


 酒場でカルとリナが先日のやり取りを繰り返す。

 どうもリナの中では鼠人が結婚式をやるのは確定事項らしい。


「いや、しかし、泰然たいぜんとしたものでしたね」


「あそこじゃお互い何も出来ないからな」



 『迷宮の店では絶対に、下手な真似をするな』



 これは冒険者・亜人・獣人全ての間で行き届いている常識だ。


 店に害を与えようとした者は、とにかく、それはもう、とんでもない事になるらしい。

 具体的にどうなるかはわからない。が、迷宮内であの老小鬼の店主しか居ない店を続けていられるということは、害を与えようとした者は悉くとんでもない事態に遭うのは確かであろうし、ここまで行き届く常識であるのに具体的にどうなるかはわからないという事は、他に伝え知らせることが出来ぬ結果になる、ということだ。


「いや、しかし面白かったですねえ」


今日を思い返し、しみじみ言うレノスに俺は微笑みながら「何事も経験だな」と言った。





挿絵→https://kakuyomu.jp/users/nanao77/news/16817330655567546507

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