第26話 026 経験


 俺達は地下1階をほぼ踏破したためその足を地下2階に伸ばし始めた。


「気のせいだろうけど、1階よりくらく感じるね」


 カルの言う通り、気持ちの問題だろう。

 2階にむ魔物は1階より手強くなる。


 とりわけ獣人ライカンスロープが強敵だ。連中は押し並べて知性が人並にあり、自己回復力も高く、夜目が利く。獣の力を持ち人の知性で狡猾に戦うため亜人デミヒューマンとは一線を画す。

 亜人も知性は低いが大型のものが現れる。魔法を使う上級の小鬼ゴブリンなども注意だ。体が小さくとも知性を持つ連中の口から放つ呪文は人のそれとなんら変わらない。

 2階は特にそうした知性の高い獣人・亜人が多く住み着いている。



鼠人ワーラット3体」


 場所は暗く狭い、一直線の通路。

 先行してたカルが踵を返しすれ違いざまに呟く。


「やるぞ」


 ギルの声で戦闘態勢を取る。

 やがて通路の先の、暗い闇から小さな影が三つ飛び出す。

 ガイが叫ぶ。


「足に気を付けろ、素早いぞ」


 鼠人は獣人の中でも小さめで弱い方だ。しかし剣技はもちろん"己に適した戦い方"を知っている。身をかがめ低い体勢から足を狙い繰り出す攻撃は駆け出しならば対応出来ないだろう。


「ちっ」


 2匹斬り伏せた所で1匹が舌打ちして逃げる。

 大きな鼠そのものの姿で服を着て剣と盾を使いこなし、人語を解す様はやはり異様だ。


「ケガはありませんか?」


「いや、大丈夫だ」

「問題無い」


 今回は無傷で済んだが鼠人は毒を持つ。治療手段が無ければ死に直結するし、その小さい体で盾の隙間を抜け後衛側に至れば惨事となる。1階と比べれば全く気が抜けない。

 連中の装備は粗末で小さく、人が使うに適さない。持っていたのは幾らかの硬貨だ。多くの魔物は人の硬貨を持っていても使い道は無いが、獣人は己の体を変化させ完全に人に化けることが出来るため、人目を忍び夜の街に現れることもあるらしい。


 鼠人との戦いを終え進み出してすぐ、再びカルが戻る


「恐らく狼人ワーウルフ、5~6体」


 パーティに緊張が走る。二階の敵では手強い方だ。数も多い。

 恐らく、というのは奴らとは初遭遇であり、犬頭の亜人コボルドに姿が似てるからだろう。が、その力はコボルドごときと比較にならない。俺達はその"違い"を姿を視認する事無く知らされる。



「戦う気はない、ね」



 暗い通路に静かに響く、闇からの声。未だ遠目で、姿は影も見えない。


 去ねとは少々傲慢ごうまんな物言いだが、ここは奴らの棲息領域テリトリーでありこちらが異邦人だ。

 人語を解する相手から交渉を持ちかけて来る場合もあることは知ってるが、こうして体験するとやはり奇妙な感覚を覚える。

 ギルは一瞬考え、答える。


「わかった、こちらが引き返そう。追撃はするな」


「よかろう」


 俺達はこの場は戻ることになった。

 賢明な判断だ。なにより初遭遇の相手に、数が多過ぎる。

 来た道を引き返し始め、念のためガイが後方に回り警戒する。


 その後俺達は無理をせず、今日はそのまま地上に帰還することになった。



──────────


「狼人は単独行動が多いと聞いていたが…」


 酒場でギルがつぶやく。


「結婚式でもやってたんじゃない?」


 カルが軽口で返す。最近ジェストに似てきた気がする。


「鼠人じゃあるまいし」


 鼠人なら結婚式をやる前提でリナがつっこむ。

 俺は隣のテーブルで仲間を待つ手持無沙汰のゼスに問いかけた。


「やはり連中がそんなにつるむ事は珍しいのか?」


「さあな、俺は見たことはねえ」

「だが」

教書訓練所きょうかしょガッコー通りにいかねえのが現実ってもんだし、それに備えるのが冒険者ってもんさ」


 2階にしては強敵、それも単独での話だ。それが複数体。あのまま戦っていれば、こちらも相当な被害が出ていただろう。


 人のように舌打ちをする鼠。暗闇から声をかける狼。


 存在こそ知ってはいた。

 それでも、いざ遭遇すると己の常識が揺らぐ。


「それが、ガッコーだけじゃ学べない経験ってもんだ」

「まあ、慣れさ」


 ゼスは言う。

 慣れ。経験。


 慣れれば、影の悪魔のような魔神と出会っても、膝を突かなくなるのだろうか。


 「慣れ…か」


 俺はそう呟きエールを飲み込んだ。

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