第24話 024 お宝発見


「まいった…」


 まだ人もまばらな日暮れの酒場で俺達は頭を抱えていた。

 俺達の装備は"青いやつ"によりグズグズになってしまった。

 無理して使えないこともないが、いつ完全に損壊するかわからぬ装備で探索を続けるのは危険極まりない。


「いやー、うーん…」


「まあ、その…」


 カルとレノスが何かなぐさめの言葉をかけようとするもためらう。


 冒険者の装備は己で取りそろえるのが基本だ。パーティで出し合って買うなどということは無い。

 パーティ共有の財産は角灯ランタンやテントくらいで、魔術師や僧侶が勉学のために買う魔導書や教書も己で買うし、シーフの開錠道具ツールや訓練経費も自己負担だ。完全固定メンバーの俺達も例外ではない。


 後衛と比べ前衛は少々割に合わぬが、迷宮内で見つかった装備は非固定パーティの場合は売却などで分配する一方、固定の多くは装備出来る者が優先、つまりは多くの場合前衛が優先して所持することになるためそこで釣り合わせることになる。


「おう、聞いたぜ?大変だったんだってな」


ゼスが声をかけるが俺は言葉で返す気力が無く、苦笑いの無言で手を振り、ゼスも愛想笑いで手を上げ己の席に戻る。


 今回前衛が失った装備は20万ザルカはくだらない。ザナの中堅大学を出た協会事務員の初任給が17万ほど。酒場や宿など出費がかさむ冒険者には痛すぎる出費だ。


「…どうする?」


 駆け出しの俺達に装備を買い直す余裕はない。もちろん貯金も無い。


「その、何か割の良い地上の任務でも…」


 レノスが提案する。それくらいしかないだろう。

 俺達の迷宮探索は再び遅れてしまう。

 しかし、最低限の装備を協会から貸与レンタルを受け、装備を失うこともない任務で稼ぐしか他に手はない。


「しっかし、今日はスライム尽くしだったなぁ」


 俺達は"ボックス"に通路を塞がれる前に"赤いやつ"とも遭遇していた。

 通路で突然滴り落ちた赤いそれはガイの右肩と俺の左手を溶かしたが大したものではなかった。

 体の傷は魔法で癒えるが装備となればそうはいかない。


「ちょっと、いいかい?」


 髪と耳の長い女がこちらのテーブルに話しかけてきた。

 剣を二本差している。前衛は盾で固めるのが基本の迷宮探索では珍しい"剣士"だ。確かその女剣士の居るテーブルは迷宮中層まで進んでいる。


「盗み聞きのようで申し訳ない、今聞き及んだのだが"箱"に出会ったそうだな?」


「ええ」



「君達のパーティならば、その"箱"で、装備の問題は解決出来ると思う」



 ───俺達のパーティなら?



「おいテミス」


 テミスと呼ばれた女は己のテーブルの仲間を一瞥いちべつし、すまないと言い戻って行った。


 酒場は主に情報収集を目的とした冒険者の溜まり場ではあるが、積極的に他パーティに助言することを快く思わない者も多い。


「俺達なら、とはどういうことだろうか」


 ギルが手を顎に置き呟く。

 さっぱりわからない。

 皆で必死に先の女剣士の言葉の意味を考える。


 俺達なら…箱…


「あっ…」

「私、わかったかも…!」


 皆がリナの顔を見る。



──────────



 次の日、俺達は再び迷宮に潜っていた。


 "箱"の移動速度は時速1.5エール、20時間後の現在は昨日見つけた地点から30エール以内に居る。


 俺達は、残念ながら箱に消化されてしまうことになった冒険者や亜人、その装備を頂こうという魂胆なのだ。


 「居たよ!」


 迷宮の薄暗い通路を進み、"箱"は昨日発見した地点から遠くない所で見つかる。"青いやつ"を除く1階の敵はものともしない俺達は特に危険もなく作業を実行出来る。


「リナ、頼む」


「はい!」


 こいつの巨大な質量の前では炎で焼き尽くす前に魔力が枯渇する。

 リナは【凍結】の呪文を詠唱し、"ボックス"は程なく"アイスキューブ"となった。

 前衛が持ってきたつるはしを手に取り、"氷"を穿うがつ。

 凍ったゼラチン。打ち入れる度にがむっ、がむっ、と独特な感触がする。


 "俺達なら"とはこういうことだったのだ。

 俺達には迷宮探索許可がなかなか降りず、地上の任務期間が長かったため、既に地下2階からそろそろ3階に足を広げようか、と迷う程度の実力はある。【凍結】の魔法を使える魔術師はとっくに"駆け出し"を卒業している。


 そして"箱に"取り込まれてしまうのは準備・知識不足で不注意な駆け出しくらいだ。中にあるのは大した装備ではないだろう。

 迷宮では深いほど良い装備が手に入る。深層では魔法で祝福された、極めて貴重な装備も存在するという。下層に潜れる冒険者がわざわざつるはしを携え居るかどうかもわからぬこいつを見つけ、時間をかけて掘るのは馬鹿げた話だ。


 つまりは"箱"のおおよそその現在地を知り、安全に撃破可能で、且つ駆け出し装備を欲する。そんなのは俺達くらいなのだ。


「溶けた欠片に触れると麻痺毒にやられるから気を付けろ」


 慎重に、中の亡骸ほねとその装備を取り出す。

 それはまさしく駆け出しが装備する、駆け出しには高価な安物の装備だった。


「安物だが、今の俺達には結構なお宝だ」


ガイとギルの顔を見て笑いながらそう言った。

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