第23話 023 青いやつ


 カルが首を振りながらため息をつく。


「ダメだね、"ボックス"だ」



 俺達がライナスの迷宮に潜り始め2週間程経った。

 地下1階の探索は特に危なげもなく順調に進み、1階の半分程を踏破した所だった。


「"箱"か…」


 ギルが物憂ものうげな表情で答える。


 カルの言う"ボックス"とは宝箱のことではない。スライムの一種だ。

 迷宮の通路全面をおおい尽くし進路を塞ぐ。その形状から冒険者には"箱"と呼ばれる。

 無色透明のゼラチン状の箱は、暗い迷宮内でその存在に気付かぬまま触れれば体が痺れ、動けなくなった獲物はそのまま箱に取り込まれてしまう。そして、生きたまま、ゆっくりと消化されるのだ。想像するとなかなか恐ろしい話だが、偵察・斥候せっこうがしっかりしているパーティならばその辺りは左程さほど脅威ではない。注意するのは強敵に出会い逃走してる時くらいだろう。

 1時間に人の身長並、即ち1.5エール程しか進まない鈍重さの箱は敵と言うより罠に近い存在であり、つまり進路を塞いでしまうことが冒険者にとって問題となる。


 箱のおかげで俺達はルート変更を余儀なくされる。


 角灯を床に置き地図を広げ、ギルとカルが話し合う。

 ルートについては基本的に皆、二人に任せている。


「ここの玄室げんしつを通るか」


 玄室とは今一般的には墳墓内部の柩を安置する小部屋の事を指すが、元々の意味は暗い部屋であり、故に迷宮内では単に部屋状の構造全般を指す。

 迷宮内の玄室にはなにかしらが巣食ってる事が多く、それらとの遭遇率が上がるが、巣食うという事は即ち根城であるため"お宝"の発見率も上がる。


 通路を慎重に進み、玄室の前に着き、ドアを開ける。


 ガチャッ


 何も居ないよう思える。物陰に潜んでる可能性もあるので慎重に入り、別の通路に通じる奥のドアへ向かう。


 前衛が部屋の中央付近に進んだその時だった。


 ───冷っ…いや、熱い!


 首筋に痛みが走る。

 天井から突然、粘液状の原始的な魔物、スライムがしたたり落ちてきたのだ。


「くそっ青いぞこいつ!」


 思わず叫ぶ。

 俺達は、この迷宮地下1階における"最悪の敵"と遭遇してしまったのだ。


「落ち着けザック」


 そう言ってガイは冷静に鎧を脱ぎ捨てる。

 ギルはマントで受けたため鎧は無事のようだ。が、その盾は広く"青いやつ"がまとわりつく。

 カルが角灯ランタンを新たに二つ点け部屋を明るくする。他に敵は潜んでいないようだ。


 俺達は訓練所で習った、こいつに出会った場合の対処を実行する。


 「リナ、頼む」


 前衛がその"青いやつ"がこびりついた装備を一か所に集め、ギルがリナに指示する。


「【火炎】」


 装備が炎に包まれる。


「最悪だ…」


「……」


 前衛3人が頭を抱え、重い空気が流れる。


 やがて炎は消え、へばりついた"青いやつ"は焼き尽くされていた。


 "赤いやつ"は大したことはない。肌が溶けせいぜい骨と筋肉が露わになる程度だ。

 "緑のやつ"は強敵だ。毒を持っている。早急に対処出来ねば死の危険がある。

 "青いやつ"は…最悪だ。


「良い火加減だったと思う」


「…ありがとうございます」


 鉄が溶けない加減で"青いやつ"を燃やし尽くしたリナに俺はそう言って親指を立てる。

 だが…。


 俺達の装備は所々に穴が空き、用を為さないガラクタになってしまった。


 "青いやつ"は装備を溶かす。

 こいつは、金銭的余裕の無い駆け出し冒険者にとって最悪の敵なのだ。

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