第22話 022 酒場

 

マイス島から戻って2日目、俺達は早々にライナスの迷宮に潜った。


 既に閉鎖解除されていた迷宮のエントランスに入り、緊張の中様子を伺ったが何事も無いようなので初回に計画したルートで地下1階を探索した。

 帰りがけの中央通路でコボルド3匹に遭遇したが問題無く撃破出来た。主の居る"迷宮"内はその魔力により地上と比べ亜人デミヒューマンや魔物が強化・凶暴化するのだが、遺跡迷宮で出会ったそれより、ちょっとしぶとい程度のものだった。少々強化した所で所詮コボルドはコボルドなのだろう。

 そうして、俺達の実質的な"初迷宮"は取り立てて語る所もなく終わった。



「楽勝でしたね!」


 リナの高い声が酒場の喧噪けんそうの中で一際響く。


「でもまあ油断ならないよ、所詮一階だからね」


「ええ、何事も無く、良かったです」


 新人のカルが良くパーティに溶け込めている。閉鎖中にマイス島の依頼を受けたのは正解だったと思う。


「いよう、お疲れさん!無事帰還出来たようだな!」


 中級の冒険者ゼスが俺達のテーブルに声をかける。

 影の悪魔遭遇時にエントランスで常駐してた男だ。以前からジェストと仲が良かったが、俺はあの魔神を前に立ち続けたゼスに敬意を抱いていた。

 そうした気持ちはやはり伝わるのか、俺とこの快活な男との関係は仲間の知り合いから酒場の顔なじみに変わり、ジェストの離脱についてなどの相談に乗ってもらったりもした。


「ああ、おかげ様だ」


 俺とゼスが拳を合わせる。


「おいおいなんだお前ら、いつの間にそんな仲になったんだぁ?嫉妬しちまうねぇ」


 ジェストだ。

 ジェストは離脱後もライナスを離れず地上・迷宮上層メインのパーティに入り冒険者を続けているため、今もよく酒場で顔を合わせる。


「アニキ!」


「おう、カル!調子はどうだ?」


 カルは酷くジェストを慕っている。加入の話も二つ返事で引き受けたそうだ。

 深層に行く危険なパーティへの勧誘をジェストも一度は躊躇ためらったらしいが、カルの性格と技量を勘案していけると思ったそうだ。


「どうだい?カルは」


「良い動きだった」


 ジェストの問いに俺はカルを横目で見ながらナイフを投げる仕草で返し、カルは「んへへぇ」と子供のあどけなさがわずかに残る照れ笑いをする。


「ジェストより上かもしれんな」


「おいガイ、しばらく見ないうちに言うようになりやがったなぁ?」


 迷宮前日の打ち合わせでは酒は控えるが、帰還した今日はあまり飲む方ではない皆も少し進むようだ。


 どういう経緯かわからぬがガイとゼスが腕相撲をしている。


 それをさかなにジェストとカルが賭けを始めたようだ。

 

 隅ではいつになく飲み過ぎたギルをレノスが介抱している。


 酒場の詩人のうたが流れて来る。

 かつての大戦、ザルナキア救国の12人を称えるうただ。


 リナが目をつぶり耳を傾ける。そう言えば前に母を称えるこの唄が好きだと言っていた。



 迷宮探索は死と隣り合わせだ。

 明日、同じ日が訪れるとは限らない。

 滅多に飲まない俺も、今日は無事帰還した喜びを祝って飲んだ。


 俺達の"初迷宮"は語る程もないものだったが、俺はやっと一端いっぱしの冒険者になれた気がした。

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