第21話 021 カルディアの魔女


 航海は順調で今日の夕方にはライナスへと着く。

 行きの航海から10日程しか経ってないが陽が照ってても一層肌寒く感じる。


 甲板ではカルが転寝うたたねをしている。北の育ちで寒さには強いらしい。

 俺は昨日の出来事を逡巡しゅんじゅんしていた。カルとリナの関係に、俺達前衛3人は全く気付いていなかったのだ。一般的に冒険者のパーティ間の色恋は忌避されてるわけでもなく、特に歓迎されるわけでもない。本人達の性格と場合によるからだ。俺達は静かに二人を見守ることになるだろう。


 ───しかし。


 カルはリナの"師匠"のことを既に知ってるのだろうか。


 リナの師匠は孤児であった彼女を幼い頃に引き取った。母親と言ってもいい。やがて成長したリナは母親でもある師匠の反対を押し切り、家出同然に冒険者となった。とにかく外の世界を見たかったそうだ。探求心旺盛で魔術師向きの彼女はやがて冒険者資格を取り、俺達のパーティに入った。

 疎遠になった時期もあるらしいが、今ではたまに手紙を送るくいらいには関係は修復したらしい。


「ザック!」


 カルが突然声をかけてくる。


「なんだ?カル」


「俺、リナのことが好きなんだ!」


 …昨日の事が無ければ腰を抜かしていたかもしれない。


「お、おぅ」

「まあ、気付いてはいたさ」


 なんとか冷静を装い返すが、つい嘘をついてしまう。


「ははっ、だよなあ」

「結構全力でアピールしてるつもりなんだけどさあ」

「リナ、気付いてないみたいでさ…」


 俺は思いがけずカルに恋愛相談を受けることになってしまった。しかし、これはまずい。俺に人の恋愛指南など逆立ちしたって無理だ。リナがレノスに相談したのは全くをもって正しいのだ。


「…勤勉で…頑張ってるのを…」

「でも邪魔は…あまり無理には…」


 俺はカルの言葉が全く頭に入らなかった。

 話を変えるしかない。


「そそうだ、リナの師匠のことはもう聞いているか?」


「師匠?いや、聞いてないよ」


「リリナの師匠はまだ幼い頃リナを引き取ってな」


「うん、孤児だったのは聞いてる、そのひとが師匠でもあるんだ?」


「ままあ、カルディアの魔女だからな」


「ふぁっ?!?」


 ………。

 しまった。カルは知らなかったのだ。たった今言ってたじゃないか…。


「あっえっ?あの?うえっ??」


 カルディアの魔女。ライナスで、いや、この国ザルナキアでその名を知らぬ者は居ない。


「だだから、まあ、なんだ、応援するよ」


 茫然ぼうぜんとするカルをそのままに俺はそそくさと船内に戻った。



「どうした?ザック?」


 余程やっちまったという顔をしてたのだろう。部屋の前で鉢合わせしたギルが驚いている。


「ちょっと…レノスと、3人で話せないか?」


 俺達はレノスの部屋に行き、俺は悲痛な面持ちで事の次第を話した。


「ん~、いずれ知ることになると思いますし」

「ええ、それにあの方は、恐れられてる面もありますが」

「その実、大変に気さくな方だともうかがってますし」


 カルディアの魔女。火焔かえんの魔女。救国の英雄。3賢人の1人。生きる伝説。彼女の絵物語のごとく冗談のような二つ名は、数限りない。


「なによりカルさんの気持ちも、そう軽いものではないでしょうし、問題無いでしょう」


 レノスの言葉に俺は安堵あんどする。


「その件については、大丈夫だろう」

「ところでリナの後任の件なんだが…」


 リナはパーティを離脱する事が決まっている。迷宮の深層に潜るには大変な危険がともなう。そこは地上はもちろん、迷宮上層・中層とも一線を画す。深層に潜る自信を喪失そうしつしたためジェストは抜け、リナも離脱を申し出ていた。

 迷宮の完全踏破が目的の俺達は当然深層を目指すため、深層に潜る覚悟のある後任を探しているのだ。


「リナが、自分で紹介すると言うんだが」


「えっ」


「どうしたレノス?」


 ギルが問う。


「あっ、いえ何でも…」


 そう言いつつ、レノスはしばし考え込む。


「レノス?」


「あ、いえ、まさかとは思いますが」

「リナさんが紹介するという方、その、」


「あの方…という可能性は…」


 救国の英雄。3賢人の1人。生きる伝説───。


 俺とギルは顔を合わせ、まさか、と言って笑った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る