第二章 魔女の記憶

第20話 020 【幕間】カルの選択

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★第一章は諸般の理由で一度公開停止していました。内容的に少し重く堅苦しいという判断が理由です。


★現在は最終章前に第一章を持っていって再公開しています。

 軽く読みたい方はこのまま読み進め、腰を降ろして読みたい方は第一章からお読み下さい。

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★作者より

 今回ギャグ回なのですが文体等が通常と著しく乖離しております。完全にキャラ崩    

 壊してますので、普段の雰囲気が好きだ!という方は読み飛ばしても全然大丈夫で  

 す。出来れば、頭空っぽにして通常とのギャップを楽しんで頂ければ幸いです。


★読み飛ばす方へ

 内容はザック・ギル・ガイの三人がカルとリナの関係性についてレノスに悟らさ

 れるというものです。

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 ───なにか引っかかる。


 朝、ゆらゆらと揺れる船室の毛布の中で俺は唐突にに落ちぬ気分となり一人記憶を手繰らせる。


 マイス島での任務を終え出航3日目。航海は順調で本日も明朗快晴めいろうかいせいだ。

 予定では明日には目的地、ライナスに着く。


 ───しかし。


 頭の中の引っ掛かりが明確な疑念となり、あふれ出しそうになる。


 コンコン!


 ノックだ。


「ザック、ちょっといいか?」


「どうしたギル」


「…カルのことなんだが」


 俺は毛布から抜け出す。

 丁度いい。俺の引っ掛かりも、他でもないカルについてだ。



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 ギルの部屋へ行くと、ガイとレノスが居た。

 カルとリナは居ないようだ。


「みんなに集まってもらったのは他でもない」


「カルについてだ」


 カルはジェストという名の前任シーフの紹介で俺達のパーティに加わった新メンバーだ。今回の調査任務はカルの採用試験も兼ねていたと言える。


「ええ、ええ、全く問題無かったと思いますよ、素晴らしい技量でした」


 変な髪形をしてる僧侶のレノスがカルを褒める。


「ジェストより優れた面もあったと思う」


 覆面エセ忍者戦士のガイもカルを気に入ったみたいだ。


「ああ、シーフとしての技量の面では一切文句無しだ」


 俺も褒めておこう。別に二人が褒めたから合わせたわけではない。


「そうだな、俺もそう思う」


 クソ生真面目リーダーのギルもカルを認めたらしい。3人が褒めたからそう言ってるのかもしれない。ギルには割とそういう所がある。


「だが…」

「少々問題がある」


「ええっえっ?何か、その、問題でも?」


 ギルの思いがけぬ言葉にレノスが問い質す。


「そうだな…実に惜しいが…」


 ガイも何かケチをつけたいらしい。

 ここは俺も二人に合わせておこう。


「ああ…残念だが…」


「ええっえっ、その…いや、いや…」

「一体その、カルさんの、何が問題なんでしょう?」


「そうだな…」

「カルと、リナの関係だ」


「ええっ?」


 レノスはそう言って少し困ったような顔をした。

 リナとは俺達のパーティの紅一点、若い女魔術師だ。気弱な割に騒がしい所があるが結構可愛い。カルとは同世代だがソリが合わないのかいつも二人でケンカばかりしている。


「ええ、でも、まあその、若いお二人ですし…」


 笑いながらレノスがカルを擁護する。


「しかしな…」


「パーティ内の人間関係の不和は由々しき問題だ、実に惜しい」


「残念だが、あんなに仲が悪いといざという時どうなるか…」


「んおっええっ!?」


 レノスが目を丸くして素っ頓狂すっとんきょうな声を上げる。

 えっ、今そんな驚くとこ?


「いや、その、ああっ、その…」


「どうしたレノス、具合が悪いのか?」


 ギルが怪訝けげんな顔をしてレノスの顔を覗き込む。

 僧侶のレノスには、やはり若い思春期の男女間の機微きびは難しいのだろう。ギルにはそれが察せないのだ。ギルには割とそういう所がある。


「とにかく、このままではパーティの不安材料となる」


「少しのヒビが崩壊を招くこともあるしな、実に惜しいが…」


「カルは本当に優れたシーフだ。しかし、残念だが…」


「ああっあのっ!!」


 レノスが突然大声を上げるので俺はちょっとだけびっくりしてしまった。


「…レノス?」


 レノスは困惑してる様子だ。挙動不審と言って良い。いや、本当に具合が悪いのかもしれない。


「あのっ、そのっ」

「私が思うにはですね、その」

「カルさんは、リナさんに、むしろ」


「気があるように!思えるのです…ね…」


「えっ」

「えっ」

「えっ」


「…」


「いや、その、私には、そう思えるのですが…」


 …想定外だった。俺達はてっきり二人は仲が悪いと思っていた。だっていつもケンカばかりしてるし。


「いや、ちょっと待ってくれレノス」


 そう言ってギルは船室中央の、使い込まれた木机に座り、両肘を突き手を組み、難しい顔をしながら組んだ手を額に当てる。そして少しの沈黙の後に異議を唱えようとするが、


「いや…」

「そ…」

「そう…なのか?」


 それは次第に確認の言葉へと変わる。

 ガイは隅の柱に寄りかかり、左手を腰に、右手を額に、項垂うなだれた苦悶くもんの姿勢を取っている。俺は船室の壁に両手をつく。朝の冷気に冷やされたそれは瞬時にてのひらの熱を奪い取る。

 そして俺達は思い返す。リナをからかうカルの姿を。



 ───うん、あいつ絶対リナに気があるわ。



「ですから、その」

「私はてっきり、皆さんもお二人に気を使ってらっしゃったとばかり…」


 俺はマイスティアの市場を思い出す。そうか。レノスは俺と宿を探すと申し出たあの時、気を使って二人にしてあげたかったと言うのか。俺達はやっと、レノスの困惑した態度を理解した。


「……」


 ギルはいたく衝撃を受けた様子だった。ジェストがパーティを去りメンバー間の人間関係の調整役をリーダーとして請け負う覚悟だったギル。そんなギルが、およそ男女間の愛情にうといと思われる僧侶のレノスに察せたカルの気持ちを理解出来ていなかった。

 俺とガイもだ。ギルのそんな成長を、見守り、支えるつもりであった俺達も、凡そ男女間の愛情に疎いと思われた僧侶のレノスにさえ察せることに気が付けなかったのだ。


「ええ、ですからその辺りは」

「問題無いと、そう思うのですね」


 俺達が勝手に凡そ男女間の愛情に疎いと思いこんでいた僧侶のレノスが微笑ほほみながら言う。どこかしら、勝ち誇ってるかのように思える。


───駄目だ!


 俺達はそんな卑屈な思いを振り払う。凡そ男女間の愛情に疎いと思われていた僧侶のレノスは、決して、決してそんな男ではない。


「大丈夫です、杞憂きゆうですよ!」


 杞憂。杞憂とは取り越し苦労、つまりは心配するまでもないことを、あれやこれやと根拠なく不必要に、無駄に、無意味に心配することを言う。難しい言葉で追撃してきやがってこの野郎。


「いや、しかし」

「ちょっと待ってくれ」


 ギルが立ち上がり口を開く。


「カルの気持ちは、わかった」

「だが、リナの気持ちはどうなる?」


 パチン!


「それだ」


 項垂れていたガイが指を弾く。どこかしら嬉しそうだ。

 俺は腕を組み、軽く握った右手をあごに当て、二人に合わせる。


「ああ、そこだな。」


 レノスは少し困った顔をしているが俺達は続ける。楽しくなってきた。


「カルの独り相撲では、な…」

「確かにカルは結構そこそこイケメンだが…」

「パーティ内の不和に繋がりかねない、残念だが…」



「あ、あの!!!」



 バッ!


 俺達は再び大声を出したレノスを見る。


「レ…レノス…」

「まさか…」

「いやそんな…」


 今度は俺達が困惑の表情を見せる。レノスは困った顔をしている。

 沈黙が流れる。


 そしてギルが、ゆっくり机に歩み寄り、再び座り、静かに口を開く。


「レノス」


「…はい」


「言ってくれ…」


 ギルの、その肩はかすかに震えている。


「はい、その、リナさんもですね」

「いや、わからないんですけども」

「その…」


 ドンッ!


 ガイが両手両ひざを床に突いて倒れこみ、頭を抱え震えだす。

 レノスが驚き一度ガイに視線を向けた後、ギルを見るが、ギルは無言で頷きレノスをうながす。


「その…」

「リナさんも、」


「まんざらではない様子だと、私は思うのですね」


 ギルはその言葉を聞くと、また無言で組んだ手を額に当てる。ガイは頭を抱え震えている。


「そ…それは」

「お前が、そう感じたってだけの、話だろ…?」


 俺はなんとか言葉を絞り出す。視界が揺れ動く。俺は、己の膝が震えてることに気付く。


「それが…」

「こんなこと言っていいのか、わからないのですけども」


「リナさんご本人に、ご相談を、受けまして」


「いや、ご相談というほどのことでは、ないかもしれませんが…」


 ギルは組んだ手を己の太ももにやり、目をつぶって上半身を後ろに反らす。心無しか口元は笑っているようだ。ガイは耳をふさいで震えている。


 そして、レノスは凡そレノスに似つかわしくない言葉を、レノスらしくないよどみない口調で流暢りゅうちょうに発した。


「『カルって私のこと、どう思ってんのかなぁ?』と…」


 俺はギルの頬をつたう涙に気付く。

 ガイは耳を塞ぎ頭を揺らしながら「ほんじゃかばんばんほんじゃかばんばん」とうわ言のようつぶやいている。


 俺達が勝手に、凡そ男女間の愛情に疎いと思いこんでいた僧侶のレノスは、俺達を差し置きリナから男女間の愛情についての相談を受けていたのだ。



 大海原のくらい船底せんていで、無限とも思われるような沈黙が流れる。



「ですから、その辺りは問題無いと思いますので」

「カルさんは大丈夫だと思うのですね」


 非常に長い沈黙の後、レノスは言う。

 そうだった。俺達は男女間の採用ではなく、カルの愛情についての話をしていたのだった。間違えた、カルの採用だ。そして俺は、俺の頭の中にあった引っ掛かりをそこでようやく思い出す。


「それが…」


「引っかかることがあるんだ」


 皆が俺を見る。


「カルのナイフの件なんだが…」


 カルは今回の任務で幾度かそのナイフの腕前を見せた。それは素晴らしいもので、特にガストン捕縛ではMVPの活躍と言っても良いだろう。


「素晴らしい腕前だったな」

「弓が苦手とは聞いてはいたが、そんなもの要らないな」

「ええ、大変頼もしいものだと思います」


「それが、妙なんだ」


 褒めちぎる皆を俺が止める。


「思い出して欲しい、マイスティアの広場でのことを」


 俺達はマイス島に着いた初日、港町マイスティアの広場で待ち合わせをした。そこでカルは大道芸人のナイフ芸を、まるで子供のような目で見てはしゃいでいたのだ。

 芸人も、もちろんプロだがこちらは正真正銘命を賭けてそれで喰ってるプロ中のプロだ。カルの腕前は、明らかに広場のそれの上をいく。


 パチン!


「それだ」


 ガイが指を鳴らし立ち上がる。そのまま両手で指をパチンパチンと鳴らしながら軽やかに部屋の中央に進み出る。これほど嬉しそうなガイを俺は初めて見た。


「おかしいな…不審だ」

「何か不都合なことでもあったのか?」

「残念だが…」


「マ、マジか!」


 カルの不審な行動に疑問を持つ俺達に、レノスが、凡そレノスに似つかわしくない言葉を発し、まるで異星人を見るかのような目で見つめている。えっ、俺達またなんかやっちゃってます?


「いや、その、あの、なんというか」

「えっ、えええっ?」


 驚愕きょうがくあきれが入り混じったレノスのその態度を受け、ギルは机に座り、ガイは両手膝を床に突き、二人は所定の位置に戻る。


 そして、やはり少しの沈黙の後、ギルが言う。


「レノス、言ってくれ…」


「はい…」

「その、カルさんが、そうした態度をとった理由はですね」

「カルさんは、リナさんとお二人でしたので」


 ギルの肩が震える。ガイは耳を塞いでいる。


「己の技量を誇示するような、無粋ぶすいなことはせず」



「お二人でしたのかな、と…」



 ドンッ!!


「くっ…やってくれたなカルっ!!!」


 船底を叩きガイが叫ぶ。ガイがこれほど激高げきこうするのは珍しい。

 ギルは白目を向いて項垂れている。既に気絶してるようだ。


 俺は───両膝を突いていた。

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