第7話 無限の迷宮007 深紅の冑を戴き深い天鵞絨の外套に包まれたその老君


 無限の如き漆黒の闇に光が一つ。

 否、光と言うにはあまりにか細く、淡く、かすかなしずくか。


 雫の中には怖れおののく人間達が映る。

 無限に満たされた闇の中の、一粒の雫の中では一層弱く、はかなげに映る。


彼奴きゃつは」


 漆黒の中に小さくも確然とした声が波紋の如く響き渡る。

 不意に闇がまたたき波紋の主が浮かび上がった。

 雫の薄明が照らすその出で立ちは古豪の王を思わせる。

 深紅の冑をいただき深い天鵞絨ビロード外套マントに包まれたその老君は、かつて人間であった頃のおぼろげな記憶を辿る。


「我は」


 闇は一層瞬く。

 無限の漆黒かと思われた闇から、幾千ものまなこ簇出そうしゅつする。


「我はこの者を知っておる」


 闇の群れがその主にかしずく。


「しかし」



 ───如何に記憶の糸を手繰りおもえど。


 ───思い出せぬ。


 老君は、しばし表情無く思案し、そして微笑む。


「それもまた一興、か」


「彼奴が」

「我の記憶の断片が、塵芥ちりあくたのまま終わるか」

「それとも」


 天鵞絨が翻る。

 雫は搔き消え闇は再び無限と成った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る