第18話 018 狂信者の選択11 狂信者との戦い


 二人がガストンに向かい走り出すと同時にリナが呪文の詠唱を始める。


「うっ」


 ズシャっという音と共にギルの周りに何かが広がりギルは仰け反る。砂?目潰しか。いつから握っていたのか、懐から出す仕草無しにかけられたそれに、ギルは察する事が出来ずまともに喰らって動きを止める。


 ガッ

 パキッ


 ガイの振るう細剣レイピアをガストンが短剣で受けた刹那せつな、細剣は根本から折れ宙を舞っていた。

 奴の短剣は刀身に深めの溝が刻まれた、受けた相手の剣の破壊に特化したものだった。通常利き手の逆に持つ物で、利き手に主武器メインとして持つのは盲点であり、暗い場所での、戦闘ではなく逃走目的ならではの使い方だ。


 細剣が音を立て床に落ちる時、既にガストンは玉座横の彫像に足をかけていた。奴はそのまま驚く程流麗に彫像を駆け上り、崩れた天井から覗く空へ向かって跳躍し、天井の切れ目にその手をかける。


「ぐっ」


 短いうなりと共にガストンが動きを止める。左の腰の辺りにナイフが刺さっている。カルだ。

 ガストンは手を放し床に落ちるが受け身を取り、すぐさま己に刺さったナイフを抜き詠唱が終わる寸前のリナ目掛けて放つ。しかしレノスの大盾に阻まれ、リナは一切ひるむ事無く呪文の詠唱を完了させる。


「【火球】!」


 炎の球がガストン目掛けて放たれ、体勢を崩していた奴はそれをまともに受けた…ように見えたが、炎は音も無く虚空こくうに消える。反魔法アンチマジックだ。魔法薬を使っていたのか?だが、いつ?


 ───あの時か。


 儀式で飲んだ酒だ。高価で継続性は無いが魔法の威力を緩和し、低レベルのものなら無効化出来る薬がある。それを飲んでいたのだ。実に周到だ。

 ガストンは走りだす。天井からの脱出を諦め入り口に、こちらに向かってくる。得物を失ったガイが立ちはだかるも奴は短剣で牽制けんせいし難なく抜ける。しかし。さっきより動きが鈍い。

 俺は剣を構える。奴の短剣を受けず、かわしざまに手首を切り払う。


「ぐあっ」


 ガストンは短剣を手首ごと失い、よろけるも、なお入り口を目指し走り出そうとするが、視力が回復したギルの剣に太腿ふとももを貫かれ、ひざまずいた。


「ここまでだ、ガストン」


「うっぐっ」

「ちくしょおお」


 ガストンは未だ抵抗する意思を見せるが、なにか様子がおかしい。


麻痺針スタナーの毒さ、アンタのだ」


 カルが、ナイフに塗っていたのだ。それを聞きやっとガストンは観念した様子を見せる。



 ガイが入念にガストンを縛る。俺は落ちてる手首を取る。ガストンに勢いがあったからか、我ながら綺麗な切り口だ。レノスが治療すればすぐに付くだろう。


「レノス、頼む」


 レノスが手を取り近づこうとするが


「くそがっふざけるなあっ」

「誰が!誰がバニの世話になるものかっ」

「近づくんじゃねえクソったれがぁ」


 凄まじい形相だ。つい先ほど、あのおごそかかな祭祀を行っていた男とはとても思えない。


 ドガッ


 面倒臭くなった俺はガストンを殴って気絶させる。リナの魔法で眠らせるのは勿体ない。


「荒っぽいな、お前らしくない」


 ガイが言う。確かに俺らしくない。いつもは俺とギルがガイのこうした冷徹で、合理的な行動を止める役だ。ガストンの態度が、いや、儀式の姿に心奪われたが故にその"豹変"が怖くなったのかもしれない。

 そしてレノスが治療を始める。


「…?」


 俺はふと気付く。レノスが、悲しそうな表情をしている。彼がこんな顔を見せるのは珍しい、いや、初めて見るかもしれない。レノスは先のガストンの侮辱程度でこんな顔を見せる男ではない。


 治療を終えるとレノスはおもむろに玉座に歩み寄り、その獅子の意匠デザインの装飾の、右手を握る。


「レノス?」


 ギルが問いかけるが応えず、何か思案してる様子だ。皆が固唾かたずを飲み見守るが、レノスは意を決したように呪文を詠唱し始める。


「【光】」


 光の魔法。通常は迷宮や洞窟を照らす目的で使われるものだ。レノスが握った獅子の手がその光につつまれる。

 ガコン、と左程大きくない音が一度鳴り、そして、玉座の後ろの壁がゆっくりと動き出す。


「これは…」


 玉座の壁の、その先に小さな玄室げんしつが現れる。中には質素で古めかしい、それでいて美しいひつぎが安置されていた。皆が茫然ぼうぜんとする中、俺は興奮して問い質す。


「どういうことだ?レノス!」


「もしや、と思ったのです」

「『王の獅子の右手に光を掲げよ』」

「バニには、意訳するとそうした意味の、古いうたがありまして」


 混乱しながらも皆が玄室に駆け寄る。その小さな玄室を覗き更に驚く。

 そこには、王室の側壁の彫刻画レリーフと近いモチーフの、すなわち初代王の戦いを顕彰けんしょうする壁画があった。しかしその王の姿は…


「どどどどういうことっ?」


 思わずカルが叫ぶ。


「なんと、皮肉な」


 ガイが首を振りつぶやく。


 その壁画の初代王は───バニ族の髪形をしていた。


「えっ、でも彫刻画…」


「あれは組織の前身となった教団が数百年前に作った物なの」


 カルの問いにリナが答える。確かにあの彫刻画だけ、妙に新しい印象を受ける。

 玄室壁画の王とその兵が戦う相手もバニ族だ。マイスとバニ族は…同族だったのだ。


「バニの口伝にあるのです」

「我々の祖先はその昔、月の民と太陽の民とでたもとを分かった、と」


 星の神は漁労と航海、月の神は狩猟と占いの神だという。

 星月の神と初代王を崇拝する者達とで、信仰を巡る内紛があったのだ。


「じゃ、じゃあ」

「あいつは…」


 カルがガストンに目を向ける。

 レノスはこれまで俺達に見せることの無かった、悲しい顔をしていた。

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