第17話 017 狂信者の選択10 狂信者の選択


 足音が王室の前で止まる。そして、動かない。


 ───気付かれた?


 逃げたか?出て、追うべきか?

 しかし、立ち止まっているだけならば王室に追い詰める機会を逃す。

 いや、足音の主の気配はまだ、ある。



 張り詰めた時間ときが流れる。



 やがて、真昏まっくらい王室の、その崩れた天井よりかすかな朝の陽が抜け始め、そこでやっと雪のように白い礼衣ローブに身を包んだ男が一人入ってくる。

 頭巾フード目深まぶかに被り顔が見えないその男は王室中央、玉座の前の、王宮からひつぎを安置する墳墓にする際新たにこしらえたであろう低段の前で立ち止まる。そして未だ昏い古代の遺跡の、その静謐せいひつを破るよう声を上げる。


「あ~、なんでよりによって」


「この日かなあ」


 ガストンの声だ。


 ガストンは、来た。

 俺達が捕縛するため待ち受けてることを知ってなお、祭祀さいしのためにここに来たのだ。


「少し早いか、遅くても良いだろうに」


 祭祀の日と調査期間がかぶった事を言ってるのだ。


 俺とギルが柱から飛び出し入り口を塞ぐ。玉座の陰からガイとカルが彫像の前に出で、天井からの脱出を警戒する。レノスは側壁でリナを庇うよう大盾と戦棍メイスを構える。僧侶は僧兵としての訓練も受けてるため、狙われても防御に徹すれば前衛が対応する時間を稼ぐくらいは十分に出来る。


「ガストン・マイスン、お前を捕縛する」


 ギルの言葉にガストンは不敵に笑い、そして答える。


「同期のよしみだ」

「儀式が終わるまで待っててくれないか?」


 ギルが一喝する。


「甘えるな」


「我々は既に一度、お前を逃がした。"よしみ"はそれで終わりだ」

「だが」


「我々が待ち受ける事を知ってなお貫かんとするお前のその信仰を尊重し、儀式を終えるまで待っていてやろう」


「悪いな」

「だが終わったら俺は全力で逃げるぜ」


「やってみろ」


 ガイが言う。

 そしてガストンは祭祀の準備に取り掛かる。

 俺は入り口の外を見遣みやり警戒する。それを横目で見たであろうガストンは


「もう、俺一人だ」


 とだけ言った。


 祭祀は実に簡素なものだった。古い形式の小さな盃と麵麭パンを供え、橄欖オリーブの小さな枝木でもってはらうような仕草の後、柩の低段に向かって幾度か拝礼する。盃に次いだ酒を少し含み、再び枝木で祓い、また、拝礼する。

 数百年前に再興したものらしいが、簡素なその儀式は古代のそれを思わせる。広く昏い棺室の天井から染み入る朝の陽が、およそ歴史に想い馳せるようなガラではなかったはずの、その白い礼衣の男をあわく照らす。

 俺は不覚にも、美しいと思った。


 儀式が終わり、白い礼衣の男は目深に被った頭巾を脱ぎ顔を出す。その男は、確かにガストンだった。そのまま礼衣を脱ごうとする隙にガイが動こうとするが、


「まだ終わっちゃいないぜ」


 ガストンはガイを制するよう手をかざし、ニヤリと笑ってそう言った。

 ガイから向けられた指示を仰ぐ視線に、ギルは黙って頷き応える。


「しっかり片付け、着替え終わるまでが儀式さ、舐めちゃいけねえ」


 人を喰った男だ。ギルは儀式が終わるまで待つと言った。ギルの生真面目さを知ってる故の大胆さだ。こいつはお人好しの俺達が一度捕まえても解放する事を確信していただろう。


 ガストンが礼衣を脱ぎ終わる。真っ白い、雪のような礼衣に包まれた古代の男は、薄めの鎖帷子かたびらを着込んだ野盗のごとき姿となる。本気で逃げる気なのだ。


「それじゃあ」


「逃げるぜ」


 その言葉と同時に、ガイとギルがガストンに駆けて行った───。

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