第16話 016 狂信者の選択9 黎明の足音


 状況は非常に苦しい。


 遺跡の調査期限は1週間。これは戦争が勃発したり竜の群れが押し寄せるような、不可抗力な大規模事象が起きない限り変わらぬ期限だ。遺跡探索中に亜人デミヒューマンと遭遇し排除する程度のことは想定に入った、十分に余裕を持たせた期限なのだ。逃した犯罪者の捕縛程度で期限を延ばす理由にはならない。


 既に遺跡調査に3日費やしている。つまりは今日を含め4日以内に奴を捕まえ、マイスティア自警団に突き出さなければならない。『相手が犯罪者と知らず解放したが、無事再度捕縛した』という報告ならばよし。期限を過ぎれば『犯罪者を同期のよしみで解放した』という報告になる。そうなれば冒険者資格は剥奪はくだつされ…俺達はライナスの迷宮へ潜ることも出来なくなる!



「皆、すまない」

「俺が奴の目的と動機を先入観で決めつけたばかりに」


「いや、いや、彼のあの反応を見るに指摘は正せいこくだったと思います」


 ガイをレノスが慰める。


「縄を解いたのは俺だ」


「俺が無責任に、ザックに判断を委ねたんだ、最終的にはリーダーである俺の責任だ」


「…初めに発見した俺が状況を精査し、縄を調べるべきだった、シーフ失格だ」


「私も…組織の存在は知ってたんです、活用できない知識に価値は無い…です」


 重苦しい空気が流れる。そもそも奴がまだマイス島に居るとは限らない、むしろその可能性は低い。奴の目的は、俺達ライナス冒険者協会の信用失墜、マイスからの排除なのだから。このまま逃げてるだけで奴の勝利…絶望的な状況なのだ。


 パン!


 唐突にレノスが手を叩く。


「今はですね、その、ただただ、やれること、やるべきことをやりましょう」

「悔いるのは全てをやり尽くし、終わった後でも大丈夫かな、と」


 レノスの言う通りだ。俺達は顔を見合わせ、頷く。今はまず、動かなければ。

 リナとレノスは手がかりを求めひたすら文献を漁る。組織は数百年前に興った宗教団体が母体となっている。残る4人は交代で一人奴の実家を見張り、酒場から市場から虱潰しに聞き込みだ。


 4日目が終わり俺達が宿に戻るとリナが興奮した様子で話し始めた。


「儀式があるんです!6日目!あさって!」


「どういうことだ?」


 リナによれば調査期間の6日目、つまり明後日は初代マイス王が崩御したとされる日。かつて組織の母体となった団体はマイス島を統一し神権政治で治めた王を祀り、毎年その日に遺跡迷宮王室で祭祀さいしを行っていたらしい。レノスが続ける。


「それでですね、2年前、マイスティア自警団・冒険者協会が共同で組織を大規模に摘発して、ほぼ壊滅したそうなんです」

「今は近代的な過激派政治組織と思われてたんですけどね、その時、祭祀に使う物品も押収したそうです」


 一縷いちるの可能性が見えた。奴も明後日、祭祀を行うため王室に現れるかもしれない。だが───。


「いや、しかし…」


 わざわざ捕まる危険を冒して現れるだろうか?


「その日に祭祀をやるとしても、その、何時やるんでしょう」


 レノスの疑問にリナが淀みなく答える。


「マイス島では初代王以前の古代、星月ほしつきの神を信仰し、マイス王朝成立後、王は太陽神の化身として崇拝されたそうです。これは航海・漁労採集から定住・農耕社会へのマイス人の社会変化を現してると言われてます」


「…つまり?」


「祭祀は、夜明けに行われていたそうです」


「…6日目は日付が変わる前に皆で現地に行き、奴を待ち受けてみよう」


 明日は昼過ぎまで情報収集し、少しの仮眠後に遺跡に向かうことになった。奴が来る確証は無い。だが、他に可能性は無い。


 5日目の朝は特に新しい情報も手掛かりも無く昼になる。仮眠を取り、陽が落ちて少しの後に起きて遺跡に向かう。当然馬車は通ってないため徒歩になるが、冒険者にあらずとも大した道のりでは無い。

 こんな時間に?と小宮殿の警備員が怪訝けげんな顔をするが、少し気がかりなことがあって、との説明で問題無く通してくれた。俺達パーティは調査の全権を任されてるし、些事さじではあるが巣喰ったコボルドの掃討といった事象もあったからだろう。


 王室に着くと俺達は罠を警戒し隅々まで調べる。奴は俺達に"一杯食わせた"男だ。入念にチェックし問題無いことを確認すると、入り口付近の柱に俺とギル、横の彫像の陰にレノスとリナ、玉座の後方にガイとカルの配置で隠れ布陣する。王室の出入り口は基本入り口のみだが一部天井が崩れており、身軽な者なら横の彫像を足場に出入り出来る可能性がある。

 夜明けに来る確証は無く、明日の日付が変わるまで24時間張らなければならず、それぞれの二組の一方が交代で立ったまま仮眠をする。戦闘に明け暮れがちな地下迷宮とは違い、昨日からの情報収集と同じくむしろこうした地味で、地道な活動の方が地上の冒険者の主な仕事だ。


 日付が変わり、静かな夜が、静かに流れる。


 ガストンが来れば言うまでも無く戦いになる。

 訓練所で戦闘技術を学んだ者ならば、たとえ一人でもコボルドの集団より手強い。ガストンが"爪"を隠している可能性だってある。奴が本気で抵抗すればそれは激しいものになるだろう。生きて捕縛するに越したことはないが、無理な手加減は出来ない。こちらに死人が出る可能性だってある。



 空が、白み始めた。



 ───コツ、コツ、コツ



 足音だ。

 黎明れいめいの、静かな古代の遺跡に、それだけが存在するかのようこだまする。

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