第12話 012 狂信者の選択5 野営の夜


 宝箱は空けたままだとこちらの存在を設置者に悟られるため閉めて放置する。罠は外してあるが設置者ならばわざわざ開錠して確認はしないだろう。


 軽い任務のはずがなかなか面倒なことになった。設置者と遭遇すればまず戦闘になる。決して気を抜いていたわけではないがパーティ内に緊張が生まれる。


「いや、オークか小鬼ゴブリンですかねえ」


 侵入者を害する目的であの程度の罠を置いたのならばわざわざ自分の存在を知らせるだけのお粗末な思考だ。野盗が置いた可能性は少ない。亜人デミヒューマンでもコボルドなどには罠を仕掛ける知能は無いので相手は絞られる。


 日が暮れる前に西の区画の探索は終わったがまだ時間的に余裕があるので中央も1/3ほど探索する。全区画、遺跡の殆ど全てを探索するので非常に高い確率で、遅かれ早かれ"面倒なこと"になるため時間が惜しい。

 急遽探索することにした中央の区画は本来遠回りなルートだが西から中央に一回、中央のある地点からもう一度壁を越えれば入り口付近に出るためパーティ全員で壁登りを行う。


「ちょっと今お尻触ったでしょ!」


 リナが登攀とうはんをサポートするカルにありきたりな台詞でにらみつける。恐ろしい剣幕だが小声で言う所はやはり冒険者だ。昨日は市場で買ったであろう玉虫色の髪飾りを付けていたが今日は地味な格好をしている。前衛ならば威嚇の面も生まれるが後衛の冒険者が無駄に着飾り目立つのはリスクしか生まない。

 若く、普段気弱であったり騒がしい所もあるが冒険者としてのリナはやはり魔術師らしく博識でそつも無く、信頼出来る。


 中央の区画では特に変わった所は無く、俺達は入り口に戻り日が暮れる前に宿へと帰り着き、1日目は終わった。


 2日目はあいにくの曇天どんてんだった。陽をくらく遮る雨雲の下の古い街並みは昨日とは全く違った景色を見せる。馬車の中でルート変更の確認を行う。昨日中央一部の探索を済ませたため2~3回程の壁の登攀で相当にルートを短縮出来る。

 中央の区画の探索は滞りなく進み王室へと到着する。王室の屋根は残っては居るが崩れ落ちた個所も多く、少し前に降り始めた小雨がその隙間から降り落ちる。王室は小王宮建造後に墳墓としてひつぎの間となる。

 リナが言うには盗掘に遭い副葬品は失われたが、やはりその手の輩は骨なぞに興味は無く、残されていた王族のそれは柩と共にマイスティアの歴史館に収蔵されているそうだ。


「あれ?これって…」


 カルが壁面の彫刻画レリーフを見て呟く。それは、恐らくは初代マイス王とその兵士の戦いの場面を描いたものだった。戦う相手はバニ族の、例の髪形をしている。


「いや、いやあ…」


 皆がレノスの方を見遣り、レノスは照れ笑いをする。

バニ族はかつてセレネ海東部に多く都市国家を築いて割拠し、マイスは侵入してくるバニ族を度々撃退しセレネの覇を競い合ったという。この彫刻画はそれを顕彰けんしょうしたものなのだろう。その後バニ族は歴史の流れで北方に追いやられ、やがてマイスも滅亡する。

 彫刻画は3千年前の、遠い過去の記憶なのだ。


 俺達は王室を後にし東区へ向かう。程なく進んだ所でカルが止まる。


「なーんじゃこりゃ~」


 宝箱だ。

 何の脈絡もなく道に落ちている。

 開錠すると、やはり中はカラで、麻痺針スタナーが仕掛けられていた。


 半年前の調査では宝箱が落ちていたなどという報告は無い。その間に遺跡に罠の箱を二つ設置した者が確実に居り、残された東区に巣喰っている可能性が高い。

 俺達はある程度の覚悟をし、慎重に東区を進む。


 東区の1/3を踏破した所でカルが再び止まる。


『その場で・止まれ』


 カルは簡単な手話で伝え、こちらに戻ってくる。


「足跡がある、大きさから小鬼コブリンだね」


 小鬼ゴブリンは小柄な亜人だ。知能は人と同等にある。独自の文化を持ち辺境では街を築いて人の社会と交流してる種族も居る。数少ない友好的な場合もある亜人だ。


「一応…退去勧告をしてみるか」


 応じるならばそれでいい。しかし生息域を外れた彼ら亜人は野盗の類と何ら変わらず、まず応じないため掃討することになる。が、まず相手が確かに小鬼なのか確定させなければならない。


 5人を残しカルが単独で偵察にいく。皆既に、彼のシーフとしての力量を信頼していた。


「驚いたね、コボルドだ」


 戻ってきたカルの言葉に皆も驚く。コボルドは犬のような頭をした、小鬼と近い大きさの亜人だ。罠を仕掛ける知能は無い。宝箱の存在が俺達の思考からコボルドを除外していたのだ。

 同時に掃討が確定する。交渉以前に奴らは言語を持たない。"コボルドは言語を持たない"、これは長く冒険者の常識であったがつい最近、大層なことに、高名な学者が学術的に証明したらしい。言葉が通じない以前に言葉を知らぬ者に対し、選択肢は無い。


「気付かれなかったか?」


「もちろん」


 カルの答えでギルは決めたようだ。


「今日はここで一夜を明かそう」


 時間に余裕を持たせたいため今日は王室で野営し、朝早くコボルドを討つことになった。万一奇襲されようとコボルド相手に不覚は取らない。

 既に想定していた事態なので小宮殿のマイスティアの協会員には今日は戻らない可能性も伝えてある。問題は宝箱を設置した者の存在だ。天幕を張りそれについて皆で話したが結論は出なかった。

 冒険者はわずかな音、気配で起きる程度に浅く眠る訓練をしているため、足音を消す知能の無いコボルド程度に番は必要ないのだが、箱の設置者の事を考え2時間交代で前衛が寝ずに見張ることになった。


「カル、頼む」


 ギルがリナの小用の付き添いをカルに頼む。俺と同じくダメになるならそれまで、という考えで敢えてソリの合わぬ二人にしてみたいのだろう。


のぞいたならば、火達磨ひだるまとなられますが、宜しいでしょうか?」


「お、おっけぇぃ」


 敬語且つ真顔のリナにカルはおびえながら答える。



 かつて古代の王が眠りに就いた場所で過ごす夜は、さしたる問題もなく更けていった。

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