第9話 009 狂信者の選択2 同期の男

 快晴の空に海鳥が鳴り渡る中、船が島の中心都市マイスティアに接岸する。


 セレネ海交易の中継を担う貿易港として発展してきたマイスティアは非常に古い港町だ。その歴史は遺跡迷宮を建造したマイス王国に始まる。古くはその近傍きんぼうの丘陵地にある遺跡迷宮付近、すなわち王国の首都をマイスティアと呼んだが王国衰退後海上交易が発展するにつれ次第にその港に重点が置かれ、いつしかこちらの方がマイスティアと呼ばれ始めたらしい。ライナスと同じザルナキア王国領ではあるが古くより自治が認められており、やはりライナス同様市民会が各種の権限を持っている。

 調査依頼はマイスティア市民会から直接ライナス冒険者協会が請け負ったものだ。マイス島の冒険者協会は規模が小さく、迷宮を有し人材豊富なライナスはこうした外部からの依頼をよく受ける。


「では日が暮れかける頃、この広場で」


 ギルとガイが市民会に到着の報告をしに行く間、他のメンバーは宿探しを兼ね街の散策で時間を潰すことになった。

 セレネ海有数の港町は活気に満ちており、市場は東西の珍しい文物ぶんぶつあふれていた。ライナスのような迷宮都市では辺境の最前線と同様冒険者向けの武具など色気のないものばかりだが、ここでは黒海北方の三日月型の魔除けのペンダントやセレネ海南岸ファルキア特産の乾燥花の飾りドライフラワーリースなどが道を彩っている。珍しい物では東方の玉虫色の髪飾りが目を引いた。本物の玉虫の翅を使ってるらしい。

 やはり若い女の子にはたまらないらしく、リナがわあわあと言いながら店を回り、その都度カルが口を挟んでは二人して騒いでいる。そうした物になかなか興味が持てない俺は一人宿探しを引き受けることにした。


「ええ、では私もご一緒しましょう」


 3人に提案するとレノスも宿探しに同行すると言う。あの市場で3人ではレノスが浮きかねないことに気付く。ジェストならばその辺り気をつかうだろうがカルには難しそうだ。

 何かと言い合ってるカルとリナを二人にすることを躊躇ためらったが、その程度で駄目になるパーティならそれまでだ、と考え俺はレノスと行くことにした。


「へんなかみー」

「へーん」


 市場から離れ路地裏に入った所で道の子供達がレノスの髪を見て騒ぎ立てる。レノスは右側頭部を大きく剃り上げ左を長く伸ばし前方に下げるという特徴的な髪形をしている。黒海北方のバニ族の伝統の髪形だ。


 武勇に長けるバニ族は多く傭兵や冒険者として出稼ぎをするためライナスでは特に珍しくはなく、街を歩けばその特徴的な髪をした戦士を二日に一人は見かける。

 俺は少しおどけた、オーガのようなしかめっつらで子供をにらむと


「うわー鬼だー」


 と、やはりおどけたように逃げて行った。


「ふふ」


 温厚な顔立ち通り性格も柔和なレノスはそんな子供達を見て本当に幸せそうに微笑ほほえむ。

 西方の教会では禿頭とくとうにする宗派が主らしいがザルナキア以東ではむしろ伸ばす事が多く、僧侶の冒険者の多くは自由な髪形をしている。それでも、恐らく弓を射易くするための風習であった勇猛なバニ族のそれは後衛では珍しい。


「これが私が私である証なんです」


 レノスは言う。天涯孤独であったレノスは東の辺境の、バニ族の貧困街スラムで教師に保護され教会の孤児院で育った。その頃髪形は普通だったそうだ。孤児院は貧困街と比べれば全く不自由なく、成長した後に教会を出る選択もあったがレノスは信仰の道を選ぶ。

 自分で選んだ道であるし、決してそれを疑わなかったが


「何か"しゃくだ"と感じたんですよ」

「うん、何か、よくわからないんですけども」


 それで今の髪型にしたという。

 どんなに奇矯ききょうでも己の出自伝統の髪形にすることで明確に自分で決めた選択が欲しかったのだろう。信仰の道を己で選んだことに疑いは無いが、その選択が環境により定められた軌道レールそのままである事に思う所があったとする故ならば、その気持ちはわからなくもない。恐らく多くの者は"神のお導き"で済ませる所で、レノスは納得しなかったのだ。そしてその髪型を選択したことで、自ら信仰の道を選んだことを確信し、より信仰心は増したという。

 長く付き合ってみるとレノスはその穏やかな表情と言葉の裏の、芯に固い物を持っていることがわかる。


 宿屋が立ち並ぶ区画に来ると俺達は空いていた一軒目に入る。特に過不足なさげな宿だったのでそのまま記帳を済ませ、宿探し組が遅れると皆不安だろうと足早に待ち合わせの広場に向かった。



「ザック!ザックだろ?」


 広場に向かう市場の雑踏の中で唐突に聞き覚えのある声に呼び止められる。


「久しぶりじゃねえか!」


「ああ‥お前か」


 誰だ。顔と声、人となりは覚えてるが名前は思い出せない。ライナスの訓練所で同期だった男だ。

 俺は適当に相槌を打ちながら思い出そうとするが、男にまくし立てられて叶わない。


「何かの任務か?」

「ここに居るってことは大方遺跡迷宮だろ」

「ライナスが閉鎖されたんだって?」


 控え目に言って鬱陶うっとうしい。名前は忘れたがロクな男じゃないことは覚えている。

 男は嘲笑の表情で不躾ぶしつけに言う。


「なんだお前、バニ族と組んでるのか?」


 案の定レノスに対する蔑視をごうも隠そうとしない。バニ族はライナスでは一般的ではあるが、冒険者として勇猛な彼らを嫉妬含みでこうした目で見る輩も少なからず居る。


「てめえぶん殴るぞ」


 俺は男を睨みつけた。我ながら笑えそうな程に直情的ストレートな言い回しだ。笑える状況ではないのだが。


「おおっとコワイこわい、ま、頑張りな」


 そう言って男はニヤニヤしながら雑踏の中に消えていった。


「ザック!レノス!」


 ギルとガイが少し遠目から声をかけ雑踏から抜けてくる。奴とのやり取りを見ていたようで何か言いたげな顔をしている。


「あいつ、誰だっけ」


 二人も俺と同期なので奴の名前を尋ねる。


「ガストンだ」

「こう言ってはなんだが、奴は…」


「ロクな男じゃない」


 言いよどむギルにガイが直言を被せる。


「ああ、丁度再確認したところさ」


 そう言って俺はレノスと目を合わせ、笑った。

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