十三話 三品恋頼 『茅ちゃんと微熱』 part1
―― 四月二日(金) 佐々木家のダイニング&リビング ――
「お、意外と早かったね山内さ……?」
山内の背後に私を見つけた茅ちゃんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして驚いていた。
笹島も振り向いてこちらを確認したが、すぐに顔を背けてしまった。
「あれぇ……そうなるんだ?」
「ほら、言った通りじゃないですか」
笹島と茅ちゃんは食卓に向かい合わせで座っており、机上には変なボードゲームが置かれていた。
とげとげ模様の盤面に白と黒の駒……どうやって遊ぶのかわからないが、どこかで見たことのあるゲームだった。
「内心ほっとしてるくせに。勝ち誇っちゃってさ。かっこ悪いよ笹島君」
「……別に自然体ですけど」
「そう? 背中に汗かいてるみたいだけど」
「いや見えてないでしょ。鎌掛けないでください」
「山内さん、笹島君の背中、確認してもらっていい?」
「え、あ、いや、え……?」
「しなくていいんですよ、山内さん」
笹島と茅ちゃんは手を止めることなくゲームを続けていた。
サイコロを振っては駒を動かすゲームらしい。
監禁していた人間が脱走しているというのに何の緊張感もない。
二人とも想定内と言わんばかりの態度だった。
「そんなことより、お風呂場に連れて行ってあげないと」
「笹島君が連れてってあげたら? すぐそこなんだし」
「いや、だって……三品さん裸でしょ?」
「三品の裸なんて見慣れちゃったから別にどうでもいいって? 笹島君さぁ、最低だよそれ」
「……馬鹿なこと言ってないで早く行ってくれません?」
二人のやり取りは拍子抜けするほど和やかで、動揺というよりもむしろ達成感の方が大きい様子だった。
「しょうがないなぁ……三品、こっちおいで」
茅ちゃんの雰囲気も穏やかだ。地下室で漂わせていた暴力の気配は完全に消え失せ、私のよく知る佐々木茅に戻っていた。
***
シャワーを浴びて着替えを済ませ、再びリビングに戻る。
すると、テレビの前に置かれたローテーブルを囲うように三人が座っていた。
「三品、ここ座ってよ」
「……うん」
何も考えず茅ちゃんが指さす位置に座った。これでローテーブルの四辺に全員が着席したことになり、私の右に茅ちゃん、左に笹島、そして正面に山内……っていや、馬鹿だろ。
なんで戻ってきちゃったんだ私は……そのまま玄関から出て逃げればよかったのに……針の筵じゃんか。
壁掛け時計を確認するとちょうど一五時を回ったところ。
カーテンの隙間から窺い知れる外の気配は気持ち悪いくらいに良好で、私の心象とは相容れない。
沈黙が長いと思ったら三十秒も経っていなかった。あまりにも場の空気が重たくて、秒針が一進一退を繰り返しているんじゃないかとさえ思えてくる。
裁判中の被告人ってこういう精神状態なのかもしれない……そんなことを考えながら現実逃避しようとしていた。
「なんというか、話したいこともあるんですけど……一旦、ババ抜きでもしません?」
「賛成」
なんでババ抜きなんだよ……と思ったが、茅ちゃんが賛成するなら文句は言えない。
茅ちゃんは棚からトランプを出してくると、淀みなくシャッフルを始めた。
「罰ゲームありでやろうよ。せっかくだし」
重たい空気の中から嫌な予感が析出し、言葉の結晶となって目の前に現れる……茅ちゃんの口から〝罰〟という単語を聞きたくなかった。
床に転がされた時のようにスーと体が冷えていった。
「……佐々木さんが罰ゲームとか言うと不穏なんですけど」
私の言いたいことを笹島が代弁してくれる。
「だってこのままだと終始無言で終わりそうだし。それに目的意識って大事だと思うんだよね。だらだらやっててもしょうがないしさ」
「……内容次第ですかね」
「任せときなって」
カードが配られ、各々が手札の整理を始める。
「一位の人は下位の人に対して何でも質問できる。そんで聞かれたら絶対に答えなきゃいけないってのはどう?」
「まあそれなら……お二人はどうですか?」
「山内さんも三品もそれでいいよね?」
「え、あ、はい」
「……別にいいけど」
「じゃあ手札が一番少ない人から時計回りに引いてって」
さっそくゲームが始まった。笹島から順に、時計回りにカードを引いていく。
終始無言のまま、カードの音だけに意識が向くような状況が続いた。
結果、山内が最初にあがった。
「ハイ終わり。二位以下は何の価値もないんでね、ここで終了」
「なんか、あっけないですね」
「いいのいいの。はい山内さん、質問どうぞ」
「えっ、と……」
山内は少し考えると茅ちゃんの方を見た。
「あの……佐々木さんと三品さんって、仲良し……なんですよね?」
「まあ三品次第かな。今は」
「ど、どうなんですか……三品さん」
「えっ」
いやいやいやいやいやいや、いや。
いきなり際どいところぶっこんでくるじゃんこいつ。
過去一答えたくないんだけどその質問。
何これ……みんな見てる……見られてるんだけど……茅ちゃんに見られてるんだけど。
答えなんて、無いんだけど。
やばいやばいやばい……冷汗が止まらない。
「あの、三品さん?」
「――はっ、ン……バーグ……?」
「夕飯のリクエストだって、笹島君」
「いやどう見ても違うでしょ。答えづらくてバグったんですよ」
「ハンバーグとバグで言葉遊びしてんの? わーおもしろーいなー」
「……現実見てください。嫌われたんですって、順当に」
「そ、それは違うっ!」
反射的に口が動いた。しかも思ったより大きな声が出てしまったため再び注目を集めてしまう。
「嫌いっていうのはちょっと……違う……かも」
言った瞬間、恥ずかしくなった。
体が熱をもって、顔が赤くなっているような気がする。自然と俯いてしまう。
「あの、じゃあ佐々木さんはどう思ってるんですか?」
「三品のこと?」
「え、あ、はい。そうです」
「うーん……どう思ってるか、ね」
手際よくカードを回収し、もたつくことなくシャッフルする。
茅ちゃんは何をするにしてもそうだ。器用で要領がいい。
「たぶん山内さんが本当に聞きたいことって、学校では三品と仲良くしてた私がどうして監禁なんかしようと思ったのかってことだよね? 違う?」
「えっ、あ、いや……そ、そうですね。そういうことです」
茅ちゃんはどうしようかなぁと呟きながら集めたカードを弄んでいる。
その目は淡々と混ぜられるカードを見ているようでいて、ぼんやり虚空を見ているような感じがする。
どこか迷っている様子だった。
……やはり今日の時間感覚はおかしい。沈黙がいつもより長く感じるし、茅ちゃんの一挙手一投足に目が行く。
いや、時間だけじゃない。肌感覚も変だ。
服と肌が擦れるたびに虫が這うような気持ち悪さを覚える。
過敏になっている。
そのうえ、頭がぼーっとしている。
「……ま、正直にいきますか。ここまで来ちゃったんだし」
チラッと私の方を見た後、慣れた手つきでカードを配り始めた茅ちゃん。
そしてカードをすごすごと受け取る私……なんか、カードが重たい。
頭も重たい。
正面に座る山内が二重三重にぶれて見える。
「そもそもいじめの記録を取り始めたのが七月初旬、林間学校が終わってすぐのこと。それから三品を監禁するって決めたのが文化祭終わってすぐの九月下旬。そんで、三品と仲を深めていけそうだなって思い始めたのも九月、文化祭のあたりから……ってことは要するにさ――」
茅ちゃんの言葉が頭に入って来ない。
なんか……寒い。
……フラフラする。
体中至る所に違和感があって、ただ座っているのも辛い……目を開けているのも辛くなってきた。
「ちょっと佐々木さん。三品さんが――」
「――え? 三品? 大丈夫?」
「……大丈夫」
そう言いつつ私は机に突っ伏してしまった。体を起こすことすらままならない。それほどの倦怠感が私の体を包んでいた。
体力と気力の限界だった。
茅ちゃんに背中をさすられると酷く安心した。
元の茅ちゃんに戻っているのだと再度感じ取った。
「……お開きにしましょうか。佐々木さん、三品さんをお願いします」
「えー、せっかくカッコよく配ったのに。私のドヤ顔返してよ」
「何言ってるんですか……体調不良なんですから、早くベッドまで連れてってあげないと」
「……いや、大丈夫……ちょっと眠いだけだから」
「三品さんも強がってないで、今日はゆっくり寝てください。佐々木さん、お願いしますよ。僕は山内さんを送ってくるので」
「私が山内さんを送るんでもいいんだよ? いいよね? 山内さん?」
「えっ……えー、っと……」
「ダメです。三品さんの方を何とかしてください」
「……」
「不満ですか?」
「いいや、別に? ……ほら三品、立って。二階の部屋まで行こ」
机に手を突きながら立ち上がるも、めまいが酷くて再度倒れそうになる。
気付けば茅ちゃんに体を支えられていた。
「うわ、思った以上にフラフラじゃん……頑張って歩いてよ。階段上るからね」
「……ごめん……なさい……」
私は茅ちゃんの肩にしがみつきながらベッドまで移動し、体温計で体温を測定。それから泥のように眠った。
体温は三十七度四分。微熱だった。
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