九話 山内深雪 『カリタス』
―― 高一 七月二十一日(金) ホームルーム終了後 ――
「――へいヤマチ、起きてる? 寝てる? ぼーっとしてる?」
「へ……?」
「これから部活? それとも帰る?」
「え、あ、いや、今日は普通に帰るよ」
「よし、では帰ろかね」
あの時を境に私の中学生活は大きく変わった。
些細なイタズラやイジリは無くならなかったものの、中一の頃に比べたらなんてことないものになった。
ただし、これは棚から牡丹餅的な成果だ。
あの時、本当の意味で現状を変えようとしていたのは佐々木さんと笹島君だし、その後いじめが激減したのは三品さんのおかげ……つまり私は何もしないままその恩恵を授かっただけ。
結局のところ、私は流されているだけ。
根本的に現状を切り開くための行動を自分から起こしたことなんてない。三品さんを助けたのだって、笹島君に嫌われたくないという思いの方が強かったような気がする。今こうして何事もなかったかのように生きていられるのは盲目的に笹島君を信じた結果だと言っても過言ではない。
じゃああの時の決意とは一体何だったのだろうか。
あの時決別した弱さとは何で、代わりに得た強さとは何だったのか……私はそれを言語化することができない。体現できているとも言えない。
「ヤマチって絵描くの上手いじゃん」
「いや、全然だけど……」
「それあからさまなウソ。つまりは丸出しの謙遜。透けて見える自信」
「え、いやそんなことは……」
「というわけで文化祭パンフレット用の宣材アート担当に推しといたから」
「……え?」
「嫌だった? なら断ってくるけど」
相変わらず強引な人である。
その行動力と発言力は見ていて眩しいのだが、サラッと重要な任務を与えないでほしい。私の心は温度変化に弱く、動じやすいのだ。
「いやそうじゃなくて、そういうことは事前に言ってもらえると助かるというか、ビックリしなくて済むというか……」
「ヤマチ。それ言われるのn回目。わかったもうしない……って、私もこれ言うのn回目。つまりは無茶ぶりn回目」
n回目とはつまり、何回目かわからないほど多くの回数という意味である。
「これヤマチと私のイタチごっこ。無意味な攻防。だってどうせ断らないじゃん? ヤマチはどっちみちやる、地道にこなす、それが性に合う。だからあてがう、この仕事」
「……まあそうだけど」
「ということは? やるの? やらないの? どっちなんだいっ!?」
「……やるけど、でも……」
「ほらね? ド~ンピシャリの人選ってわけ」
うちのクラスの出し物は喫茶店である。だから彼女は人と話すのが苦手な私が接客担当にならないよう配慮してくれたと、そういうことらしい。
そして心なしか彼女のテンションがおかしい。
「そいえば明日は佐々木家集合よ? つまりは麻雀大会よ? 終わりの見えない競い合い。メンツはいつもの四人組。問われる実力なんもない。だから勝負は運次第。悪けりゃグダグダ泥試合。字牌はムダ
ポンポンポンと肩を叩かれる……って、なんでこんなにノリノリなのこの人。
さっきから変なリズムが気になって内容が頭に入ってこない。
「う、うん。そうだけど……あの、そのリズムやめない? 話が入ってこないから……」
「うん、わかったもうしない……ってこれn+1回目じゃない? ごめんね私、堪え性がない。でもしょうがないよね、だって世の中諸行無常。私の命は未だ序章。つまり未来は未知の彩り。一生燃焼し続ける囲炉裏。このエネルギープラグが羨ましいかい? それとも生きててやましいかい? ヤマチ、聞いてて楽しいかい?」
「……」
「……た、楽しいかーい?」
「……」
どうなってんのこれ……本当に話が通じない。
夏休み前のハイテンションってやつだろうか。それとも暑さにやられて壊れてしまったんだろうか。
そして私にはこのボケを捌くスキルがない。
だからツッコミを期待する目で見るのはやめてほしい。
「……ごめんって。ほんとにもうやめるから。そんなあからさまにめんどくさそうな顔しないでよ」
「うん、もう一生燃焼してなよ。囲炉裏で、ひとりで」
「めっちゃ突き放すじゃん……と見せかけて意外とノリノリか?」
「……じゃあ私は帰るから。ひとりで」
「もー、本当はノリノリのくせに。照れちゃってさぁ」
笹島君、佐々木さん、三品さん、そして私……この四人が集まる時、私はどうしても三品さんの心境が理解できない。
しかも来いと言われて渋々来るのではなく、自分から集まろうと言うのだから尚更だ。私だったら絶対そんなことはしないし、なんなら呼ばれても行かない。
さっきも考えていたように、私には運動が好きな人たちの言う〝汗をかくと気持ちがいい〟という感想がよくわからない。
これは別に貶める意図があるわけではないのだが、私には運動好きの皆々のことも三品さんのことも等しくドMの変態にしか見えないのである。
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