第五一話 太眉のモーガス

「アルバート! フェリオが!」


 敵を引き連れながら大きく迂回していたモーガスの目に、炎の中で倒れ込むフェリオが映った。


「わかっている!」


 撹乱が功を奏し、下級吸血鬼レッサーヴァンパイアの隊列──そんなものがあればだが──が伸びている。

 助けるなら、このタイミングを置いて他にはない。


「モーガス! 合図で一直線に突破だ!」


おう!」


 アルバートが右手に持った聖剣を水平に掲げ、フラーに左手を滑らせる。その動きに合わせて、剣身が青い聖気オーラを纏った。


「行くぞ!」


 眼前に放った一文字斬りが、青い斬撃となって飛んだ。それを追うように二人の聖騎士が駆け出す。


「射程は長いが、牽制程度にしかならない!」


「ああ! 邪魔なやつだけ相手にする!」


 斬撃となった聖気がヴァンパイアどもの体を一過し、一時的に力を奪う。

 まろび這いずる敵を飛び越え、倒れかかってくる敵を蹴り飛ばし、アルバートとモーガスは大発火の中心へと最短距離で抜けてゆく。


 聖気の射程外に居たヴァンパイアが横合いから迫った。

 モーガスが魔剣で相手の胴を払う。しかし筋繊維を断ち切れず、咄嗟の体当たりで食い込んだ魔剣を引き抜いた。


 そのまま敵に目もくれず、初志を貫徹する。


 闘気を燃やす身体強化によって、追い縋る敵を引き離し、二人は燃え盛る炎の壁に飛び込んだ。


「フェリオ!」


 先に着地したアルバートが素早くフェリオの肩を取り、モーガスが反対側の肩を取った。


「ラスティスの所まで戻るぞ!」


おう!」


 この状況では、フェリオの息があるかも正しく判断できない。ただ、首と脇腹から多量の血を流している。


(ラスティスは多少でも魔力を回復させているだろうか。せめて治癒術一回分でもあれば──!)


 遺物レリックの大剣も回収し、仲間の元へ急ぐ。

 しかし炎を抜けた先で、ラスティス達が下級吸血鬼レッサーヴァンパイア三体と戦い、劣勢を強いられていた。

 しかも、ラナと大盾の一人が倒れている。


 幸い彼らは岩壁を背にしており、背後を取られることはない。ノーマンが長剣を、大盾の聖騎士が戦槌を振るって凌いでいた。


 そこへ、燃える木々の中から残りのヴァンパイアが殺到してくる。


「まずい! あれが合流すれば終わりだ!」


「俺が止める! お前はそのまま行け!」


 言うが早いか、モーガスはアルバートから遺物レリックの大剣を奪い、二十体近くいる吸血鬼たちへ猛然と走り出した。


「うおおおお! お前達の相手はこの俺だ!」


 モーガスが太い眉をいっぱいに寄せ、再び闘気を燃やす。


 しかし、大剣が燃えない。モーガスの闘気に応えない。


 魔剣は使い手を選ぶ。はたまた、すでに魔剣を所持しているが故か。大剣は彼を主人と認めなかった。


「なあっ!?」


 吸血鬼の攻撃を大剣の腹で受け止め、弾き飛ばされてしまう。このままでは敵に群がられ、食い殺されるだろう。


 走馬灯によって引き伸ばされる時間感覚の中、モーガスは天を仰ぎながら死を覚悟する。


(最後に、J殿のお顔を見たかった……)


 その時、とてつもない音とともに、高い位置で岩壁が爆砕した。


 飛び散る岩石に紛れて、黒い影が飛び出す。

 意図せず見上げる形となったモーガスの視線の先を、魔剣士が横切ったのだ。


(──J殿!)


 そのスカートの中は暗黒に染まっており、深淵を覗くことは叶わない、はずだった。


 だが、奇跡が起こる。


 大光に照らされる戦場、研ぎ澄まされた知覚、絶望的な死地。

 あらゆる状況が、極限状態にあるモーガスに奇跡をもたらした。


(白──!)


 刹那、彼は深淵の一端を覗いたのだ!


 死中に活を見出した(?)モーガスは受け身をとり、飛び起きた。


「うおおおお! 俺は! 俺は死なん!」


 太い眉を一本の線になるまで寄せて、たける。

 実力以上の闘気が燃え上がった。


 大剣の魔法文字ルーンが赤く輝く。一時の主として、遺物レリックが彼を認めたのだ。


「生きて! 生きて想いを伝えるのだ! J殿おおおおお!」


 それは『戦場の咆哮バトルロアー』となり、群がる下級吸血鬼レッサーヴァンパイアどもを吹き飛ばす。

 彼は猛獣を思わせる動きで敵集団に飛びかかり、炎逆巻さかまくグレートソードを縦横無尽に振るった。


 一閃ごとに敵が燃え尽きてゆく。


(おお、すごいね。何だアレ……)


 アルバートは思いがけない同僚の活躍に驚きながら、フェリオを横たえた。

 続いて聖剣を抜き放ち、ラスティスたちの加勢に入る。


 モーガスなら大丈夫だろう。彼の想いが実を結ぶかは分からないが。


「ノーマン! いま助ける!」


 聖騎士を喰らうことに夢中になっていたヴァンパイアの一体が、聖剣に斬りつけられる。

 左鎖骨から心臓を割られ、青白い炎を上げながら絶命した。


「心臓を狙え!」


 命令を聞いたラスティスが戦鎌バトルサイスを咄嗟に拾い、大盾の隙間から吸血鬼ヴァンパイアの心臓を刺す。

 これまで目立ったダメージを与えられていなかったのが嘘のように、敵が苦悶の表情を浮かべた。


 さらにノーマンが刺突を重ね、トドメをさした。


 その間にもう一体をアルバートが倒し、ひとまずの窮地を抜けた。


「ラスティス、治癒術の魔力オドは残っているかい?」


「はい隊長殿、なんとか一回分でしたら」


 問いかけられた彼は、薄くなった頭部の汗を拭いながら申し訳なく答えた。


「倒れている二人は?」


「昏倒していますが、息はあります。目立った外傷はありません」


「分かった。ではフェリオを診てくれないか。僕はモーガスの加勢につく」


 アルバートはきびすを返して、モーガスの元へ向かう。その先はすでに山火事となっていた。


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