第五十話 聖騎士の死地

「う、おおお! 今度は何だ!?」


 原因不明の爆発音とともに、地響きが起こる。揺れる大地に足を取られてしまったモーガスが、何事かと狼狽した。


「そんなことより! 絶えず周囲を警戒しろ! 囲まれると詰むぞ!」


 聖騎士達は今、下級吸血鬼レッサーヴァンパイアの襲撃に遭っている最中だ。


 前衛に出たアルバートが喚起かんきを飛ばし、逆袈裟で下級吸血鬼の胴を斬り上げた。

 切創せっそうが青白い炎を吹き出し、再生を阻害する。


「おらあっ!」


 同じく前衛に出ていたフェリオが、悶絶する隙を狙って横合いから斬りかかる。

 遺物レリックの大剣でたて真っ二つに割られた吸血鬼は絶命した。


 炉にくべたように赤く光る剣身は、空を斬るが如く一切の抵抗を感じさせない。


「すげえなこれ……」


「フェリオ! 『聖域』に下がれ!」


 聖域。 ──不浄の死者アンデッドを拒絶する神聖術であり、本来ならゾンビやスケルトンの侵入を防ぐ結界だ。


「あいよ!」


 後退する二人を追ってきた敵が聖域に足を踏み入れる。すると力が奪われるのか、途端にその動きを鈍くした。


「ノーマン! ラナ!」


 すかさず交代した聖騎士が、長剣と戦鎌で斬りつける。

 ともにラスティスから『破魔の祝福』を武器に受けており、レッサーヴァンパイアに致命傷を与えた。


 こちらを警戒してか、敵集団は一気に襲いかかってくることはない。


 一見アルバート達が優勢に見えるものの、パーティの支援バフを一手に引き受けるラスティスの負担が大きすぎる。

 神に祈りを届けるための魔力オドが底をつきかけていた。


 屍鬼グール戦から立て続けに神聖術を行使してきた、そのツケが回ってきたのだ。


 加えて、レッサーヴァンパイアたちがグラスマント村の住民である事実。

 聖騎士達の忌避感に拍車がかかる。


「割り切れ! 行くぞフェリオ!」


「おおよ! クソが!」


 聖剣と大剣の聖騎士が、四度目の突貫をかける。二人はこうして一撃離脱ヒットアンドアウェイを繰り返し、徐々に敵の数を削っていた。


 だが倒した数は十体に満たない。下級とは言え、吸血鬼はそれほど手強い相手だ。

 事実、確実に倒せるのはアルバートの聖剣とフェリオの赤い大剣のみであり、逆に一撃でももらえばこちらが倒れるだろう。


 二人が、孤立したレッサーヴァンパイアを狙って襲いかかる。

 突出した二人を狙って、他の吸血鬼が飛びかかる。


 ギリギリの駆け引きに勝利したアルバートとフェリオが引こうとしたとき、聖なる光を放っていたとばりが目前で闇に溶けた。


「はーっ、はーっ、すみません!」


 薄くなった頭頂部に大量の汗を掻きながら、ラスティスが地に膝をつく。魔力(オド)が尽き、聖域を維持できなくなったのだ。


「アアアアガアアア!!!」


 木々の間で警戒していたレッサーヴァンパイアたちが叫び、狂ったように向かってきた。その数、二十五体。


「大盾はラスティスを守れ! ラナとノーマンは脇を固めろ! ──モーガス!」


おう!」


「僕と二人で撹乱かくらんだ! フェリオは隙を見て各個撃破しろ!」


「了解!」


 相手は二対一でようやく釣り合いが取れるかどうかだ。どう考えても計算が合わない。

 一撃必倒のフェリオに賭けるしかない。


「生き残るぞ!」


「おおおおお!」


 アルバートがモーガスと合流して反転、森から迫る敵集団に突撃する。

 こちらを喰らいつくさんと牙を剥き出しにする吸血鬼たちの目前、二人は直角に方向を変えた。

 敵は左方に釣られる格好となり、集団に穴が空く。


 そこへフェリオが飛び込んで、赤い大剣をでたらめに振り回す。レッサーヴァンパイアの四肢が千切れ飛び、赤黒い血を撒き散らした。

 彼は勢いのまま、森の奥で孤立した二体の元村民ヴァンパイアたちへ特攻をかける。


「くそっ! くそっ!」


 しかし、魔物になってしまったとは言えグラスマント村に住んでいた民だ。

 聖騎士が守るべき民を斬る捨てるという心理的負荷ストレスが、フェリオの動きから精彩を奪う。


 にぶる剣筋、掻い潜る下級吸血鬼ヴァンパイア。一瞬の躊躇が、致命傷に繋がった。


「ぐあああっ!」


 一体がフェリオの脇腹を抉った。全身鎧フルプレートの装甲が爪によって容易く引き裂かれ、鮮血が散る。

 さらにもう一体が、背後から彼を羽交締めにし、その首に牙を突き立てた。


 レッサーヴァンパイアに噛みつかれても、その仲間に堕ちることはない。しかしこのままでは失血死を免れない。


「フェリオ! 待っていろである!」


 大光の神聖術によって照らされた視界が、遠くの惨状を鮮明に映し出した。

 親友の死地ピンチに思わず駆け出してしまうノーマンだが。


「く、んじゃねえ! お前は、ハゲを守ってろ!」


 フェリオは闘気を燃やし、吸血鬼を強引に振りほどく。首の肉が噛みちぎられ、大量の血が吹き出した。


「おおお! こんな所で死んでられっかあ!」


 激熱を帯びた闘気に呼応し、赤い剣身が一層の輝きを放つ。


 フェリオが大剣を薙いだ。尋常ならざる速度で振るわれた斬線に、炎が踊る。

 それは周囲の下級吸血鬼レッサーヴァンパイアを五体巻き込み、一瞬で炭化させた。


 そして、彼は崩れ落ちる。


 森の木々に炎が燃え移った。


「フェリオ! フェリオ!」


 ノーマンが叫ぶ。しかし炎の壁に囲まれて、フェリオの姿は見えなくなった。


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