第四九話 ブラックドラゴン

 紫の激光レーザーがヴラドレイを飲み込む。

 極太の破壊エネルギーは広間をゆうに超える直径で空間を満たし、く先の何もかもを光の中に掻き消してゆく。


 遅れて轟音が鳴り響き、連鎖的な爆発がそれに続いた。


「おおおおおおおお!!!」


 虚を突かれ避け損なったヴラドレイは、破壊の力にその身を晒した。超高熱による焼失と、超高速の再生が繰り返されてゆく。


 黒猫ネロはゴーレムから吸収したすべての力を吐き出し続けた。

 再生が間に合わなくなったヴラドレイは、彼方へ吹き飛ぶ。


 破壊の限りを尽くした激光レーザーの照射が終わると、今度は地下墳墓カタコンベ全体が揺れ、崩壊が始まった。




「──はあっ、はあっ! げほっ!」


 ジュリエットはよろめき、喉を押さえながら呼吸を整える。


「ネロ、──助かったわ」


「にゃーん!」


 窮地を救ってくれた愛猫ネロを労い、破れてしまったドレスを魔法で修復する。

 半ばまで燃えてしまったスカーフは、懐に収納した。


(リアン、ごめんなさい……)


 魔法は、使える。生命力奪取エナジードレインによって陥った魔力不全からは脱していた。

 体も少し痺れを残しているが、動く。


(まだ大丈夫。生きて、リアンに会うのよ)


 確かに先ほどは危なかった。だが体中を巡る、魔力オドの余力は十分にある。闘気はまだ燃えている。まだ、戦える。


 ジュリエットの瞳が蒼い燐光を帯びた。

 彼女は明かりが一切存在しない暗闇を見据え、何かを引き抜く。彼女の魔力オドをごそりと奪って、闇が徐々に姿かたちを成した。


 ──夜の剣。


 それは闇よりも濃い、闇色やみいろの大剣。しかし剣身には、夜空を照らす星々の煌めきがあった。


(──来る!)


 ジュリエットが大剣の腹を盾に構えた瞬間、耳をつんざく激突音とともに火花が散る。

 予想を超えた大質量による突撃チャージ。全身の骨が軋み、受けきれず、魔女は弾き飛ばされた。


「惜しかったな魔女よ! アレでも私は死ねんのだ!」


 その時彼女は見た。『夜の剣』に照らされたヴラドレイの姿を。


 自分の倍はあろう紅い巨躯。そのまなこは同じく深紅に染まり、かろうじて血管とわかる筋がいくつも浮かび上がっている。

 硬い甲羅のごとき頭は、後頭部から顎に向かって斜めに突き出た形をしており、口が裂けていた。


 赤い悪魔とでも呼べる姿が、それに見合う羽の力で突進してきたのだった。


「それが貴方の、本当の姿ですか!」


 魔力オドを爆発させたジュリエットは慣性を強引に支配し、大きく旋回しながら『夜の剣』を振るう。

 敵の反射速度を超える斬撃が、脇腹から肩にかけてを斬り裂いた。


 しかしヴラドレイは恐るべき再生速度でもって、絶命に繋がるはずの致命傷を瞬時に塞いだ。


「これでも昔は人間だったのだがね! ある日住んでいた村に『最初の吸血鬼』が現れた! 気づけば私だけが生き残り、こうなっていた!」


 紅い斬線が輝き、空間の断裂が起こる。『夜の剣』が全てを相殺する。


「想像できるか魔女よ! 化け物となり、友と呼べる者もなく、愛を失い、生き血をすするだけの二千年がどんなものかを!」


 血の散弾がジュリエットを襲う。逃げ場のない弾幕に対し、『夜の剣』から放たれた黒い波濤がそのことごとくを撃ち落とした。


「自死は叶わず! どんな強敵を相手にしても死ねず! 私にとってこの世は、生きることを強制された牢獄なのだ!」


 波濤の影に隠れたヴラドレイが、死角から襲う。必殺の速度で突き出された攻撃を、またも『夜の剣』が迎撃した。

 ぶつかり合う剛爪と大剣が火花を散らし、激突の余波で互いが弾かれる。


「貴方には貴方のご事情があるのでしょう。ですが、こちらも愛する人たちを奪われた身! その上であの子に手を出すと言うのなら、ここで完全に滅ぼして差し上げますわ!」


「やってみるがいい! キミの力に、その先があるのなら!」


 地下墳墓が至る所で崩れ、限界が近い。


 間合いを大きく開いたジュリエットは、戦場の変更を決め、それをぶ。


「おいであそばせ! ブラックドラゴン!」


 魔女の召喚に応じて、何かが岩盤を突き破り、姿を現した。

 それはいびつなポールウェポンとも言うべき、黒紫のほうき


 先端には黒竜を模した立体的な意匠があしらわれ、その下にはに交差する形で二本の操舵棒ハンドルが伸びている。


 邪竜クリールが夜の魔女に贈った、空を高速で翔ぶための魔具だ。


 ジュリエットが虚空に浮かぶ魔導飛翔箒ブラックドラゴンを手に取り、それにまたがった。


 ──ごうん!


 穂先が紫紺の魔素マナを噴出する。


「場所を変えます! 追ってきなさい!」


 片手でハンドルを握り、ジュリエットは魔素マナ全開で発進した。

 抜ける先は、激光レーザーによって空いた穴の向こうだ。


「おもしろい! のってやろうじゃないか!」


 紅い怪物となったヴラドレイが蝙蝠の翼を広げ、ジュリエットの後を追う。


 黒猫ネロが作った道は、進むごとに上方へと伸びている。もはや方角はわからないが、このまま行けば、地下墳墓の外には出るだろう。



 ジュリエットは魔導飛翔箒ブラックドラゴンを駆りながら、ヴラドレイの戦闘能力について考察する。


 接近戦はどうか。かすみによる回避は、相手の反応速度を上回ればいい。

 だが、与えたダメージは超再生によって、即座に塞がれてしまう。生半可な攻撃ではダメだ。

 超怪力と生命力奪取エナジードレインも警戒せねばならない。


 中距離戦はどうか。奴には全力のおぼろを圧壊するほどの念動力サイコキネシスがあり、金縛りの邪眼イビルアイもある。

 特に後者は、エナジードレインと併せられてしまえば、本当に即死しかねない。空間を断裂させるほどの斬撃も危険だ。


 加えてあの、赤い悪魔とも呼べる姿。すべての力が想像以上に強化されているはずだ。血の散弾ブラッドショットも撃ってきた。


 まだ見せていない能力があるはずだ。


(接近戦も中距離戦も不利だわ。とれる勝ち筋は──)


 超長距離から、最速最大の魔法を叩き込む。


 ジュリエットはそう結論づけた。



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